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まだよく知らないものへの期待。挑んでみたらいい。覚悟があるなら。

今、国家試験に向けて猛烈にやる気に燃えているけど、気を付けないといけないのは、この内なる活力はおそらく無知がゆえにくるアレである可能性が高いことを。

説明が難しいが、例えば新しい一眼レフを購入しようかなーとかなり前向きに考えているときの、あのワクワクする感覚といえば一番しっくりくるかも(わかりにくいか…)。
購入するまでにはまずどのメーカーにしようか、画素数は、レンズは・・・手振れ補正は欲しいよな・・・などとあれこれ考えが膨らむ。また、何を撮ろう、あれを撮るのもいいな、星空撮りたい…など妄想も際限なく広がる。
あの知らぬがゆえの期待感に基づく感じ。

いざ購入してしばらくはすこぶる大切に、国宝でも取り扱ってるんか?ってレベルでとてつもなく丁寧な扱いをするけど、
段々慣れてきた購入3か月後くらいから、ちょっと扱いが雑になり、ほかのことにも気が回るようになってくる。
ちょっと飽きが来るのだろう。なんせ、購入してほしいカメラが手に入った。そして撮りたいものが取れた。楽しい!という一通りの体験ができたからね。
そして幾何時間が経過すると、存在に完全に慣れっこになってしまい、気が付けば新商品に目うつろい・・・

このパターン、私にとってはよくあることだ…恥ずかしながら。

何か資格試験の勉強を始めるときも、それの感覚に近い。
勉強前はどの参考書がよいか、ネットの口コミ見たり、買わないのにわざわざ大型の本屋さんに行って手にとって確認したり…とてつもなく吟味に時間を投じる。
その後、購入した参考書を見て「よしやってやろう、私ならできる(余裕)」と強気の意気込みで机に向かう。
ただ案の定、1か月かもう少し経ってくると、仕事が忙しい、ほかのことが気になってきた・・・などなど、余計な感情が出てきがち。多分、なんとなく資格試験の全貌や難易度、自分の立ち位置がわかってくるがゆえに、気が散り始めるのだろうなと思う。もしくは自分の理想と、現実の己の能力とのギャップに絶望してしまい、やる気を見失っているのかもしれない。

カメラも資格試験もそうだが、結局のところ目の前の突発的なモチベーションだけではエンジンは長く回転しないのが私だ。カメラなら1週間に最低1枚印象に残ったものを記録してブログにアップするとか、カメラで何をするのか・続けるのかに主眼を置かないと。私なら。
資格なら、その資格を取って私はいつ何をするのだ?いつまでにどうあるのか?という明確な最終目標を立てていないと。

そうしないと、これを世間の言う三日坊主の仲間入りはほぼ確定だ。
ただ一方で、とりあえずやってみてそこから考える、という考え方も無いわけではない。

わたしよ、結局は本気の覚悟を決められるか否だよ。決断はどうであれ、思考を放棄しての決断だけは絶対にしないように。
選択したこととその結果に責任を持ちな。
勇敢にも挑んだら、理想の結果になるようにしてくるのだ。

以上、私への戒め。

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