佐々木

東大の有期雇用職員8千人の「5年雇止めルール」を撤廃させた労働組合の力 #KOKKO 佐々木彈

本稿は『KOKKO』33号[第二特集 科学技術の衰退を止められるか]に掲載された記事です。また、 この原稿は、国公労連と学研労協が開催した「第36回国立試験研究機関全国交流集会(国研集会)」での講演から構成したものです。(文責=編集部)

話し手:東京大学教職員組合委員長 佐々木 彈

東京大学教職員組合は昨年6 月以降東大当局との団体交渉を重ねて昨年12月12日に、有期雇用職員の契約更新の上限を5 年と定めていた学内規則を撤廃させました。これによって、学内8,000人の有期雇用職員の継続した雇用が可能となりました。このたたかいにおける教訓について報告します。

権利は主張しなければ獲得できない
労働契約法による雇用の無期転換は有期雇用職員の当然の権利です。
しかし、当然の権利だからと何もせずに黙っていたらその権利も獲得できません。
ここで言う当然の権利とは、法的・道義的のみならず、経済的・経営的にも当然という意味です。
しかし、それであってもなお自動的には保障されないということです。
その典型例がこの間の国立大学などによる無期雇用転換に逆行する勤続5 年での大量雇止めという愚策です。

その業務が継続しているのに雇止めを行うということは、勤続による職員の経験・熟練をドブに捨てる愚行に他ならず、経営側にとっても何の得にもなりません。
業務が継続しているのですから使うお金が増えるわけでもないわけです。
しかし、ブラック企業が横行するように合理的判断力を欠く経営側も少なくないという現実を直視し、当然の権利であっても安心せず主張する必要があるのです。

そして、国立大学における特異な問題点として、人事・労務の総責任者である担当理事や人事部長などが文部科学官僚の天下りで占められていることがあります。
天下りの人事・労務責任者たちは国立大学は「腰掛け」であることに加えて、正規雇用の官僚出身でしかも比較的高齢であり、雇止めの不安にさらされている有期雇用職員の安定継続雇用には概して無関心です。

そもそも一般論で考えても天下り人事は、職業選択の自由、機会均等といった原則にも違反しています。
国立大学法人要職の異動履歴をひも解くと、天下りの前任・後任のほぼ100%は同じく天下りです。
つまり、天下り人事は文部科学官僚の「植民地」としていわば治外法権で、官僚出身者以外はいかに優秀・適材であっても到達不可能な「聖域」です。
一方で国立大学に「優秀な人材の確保を」と連呼しながら天下りという「聖域」が漫然と続いています。
大学自治といえば、思想・学問の自由や学生自治などを指すことが多いなかで、大学自治の盲点ともいえるのがこうした人事・労務面の問題だと考えています。
そうしたなかで、最も弱い立場にある有期雇用職員などの雇用不安に心を寄せることができない一握りの天下りたちが国立大学法人の要職を握って放さないわけです。
そして、その弊害が露呈したのが、労働契約法による無期雇用転換権が初めて発効する2018年4月を前にした有期雇用職員大量雇止め騒動、いわゆる「2018年問題」だったのです。

権利を獲得するための労働組合
どうやって実際に権利を手に入れることができるでしょうか。
まず権利を学び知る。次に面倒がらずに主張する。一人で主張しても事態を打開できることは少ないので一人で悩まずにみんなで団結して主張する。
みんなで団結するには労働組合が必要になる。
そして労働組合として経営側との団体交渉を積み上げていく。
学内での団結はもちろん学外での連帯を広げながら労働組合がきちんと団体交渉を積み上げていけば、いつか必ず権利を獲得できます。
団体交渉で権利を主張する際の留意点は、団交の席での声の大きさよりも当然の権利であることを示す材料を集めることです。
材料がたくさんあればそのありあまるカードを団体交渉で切っていけばいいのです。

東大における有期雇用職員問題
国立大学法人化以前、東大の有期雇用職員は単年度(一部複数年度)契約で、契約更新回数に制限はなく、業務が継続し本人が希望する限り定年まで勤続することができました。
2004年の法人化で制定された就業規則において、有期雇用職員の契約更新上限を5年と定めてしまい、その実効が始まる2009年頃まではこの5年上限による雇止めされた有期雇用職員を再採用するには3カ月程度の雇用中断、いわゆる「クーリング期間」を使って再採用するという運用が学内で一般化していました。
そして、改正労働契約法が施行された2013年、労組の反対を押し切って、クーリング期間を6 カ月への延長を大学側は強行しました。これは労働契約法(18条2 項)を潜脱する目的がありました。

非常勤講師の「偽装請負」
法人化以前の東大では非常勤講師を直接雇用せず、謝金で「日雇い」という形になっていました。
法人化以前の教職員は公務員であったため、直接雇用すると兼業規制が問題になるための便宜的措置でした。
法人化によって直接雇用化の就業規則を制定する必要があったにもかかわらず、約2,800人の非常勤講師は労働契約さえ結ばれず、就業規則の適用もされず、労災等もない物件費と同じ、モノ扱いで「偽装請負」といえる実態が続いていました。
この非常勤講師の問題を契機として、東大教職員組合は首都圏大学非常勤講師組合との本格的な共闘をスタートさせました。
この共闘のなかで、約2,800人に上る東大の非常勤講師が労働者代表(過半数代表)の選挙・被選挙権も排除されていた労働基準法90条違反であることが明らかになったのです。
このことは、就業規則の制改定や三六協定を含む労使協定の一切が違法・無効化し、厳密に言えば東大で働くすべての教職員が一日も働けなくなり、東大の機能が一切停止するということを意味します。

5年上限廃止など「満額回答」
最初、有期雇用職員を無期雇用に切り換えるときに、競争的な採用試験を実施するという方針を大学側は出してきたのですが、厚生労働省は競争的な採用試験を無期転換のための正当な代替措置とは認めていないのです。
そこで組合は、大学側の方針は労働契約法18条の無期転換の趣旨に反していると主張しました。
加えて、末端の職員は競争的試験で不安定雇用にしておいて、いちばん大事な人事部門などを文科省からの天下りポストにしているのですか?
そもそも総長人事はじめ幹部人事は6 年ごとの中期計画にあわせて回っているのに有期雇用職員の更新上限だけなぜ5 年なのですか?
など団体交渉で合理的な説明を求めました。大学側は合理的説明をできず、最終的に5年上限そのものを廃止することで妥結しました。

また、非常勤講師を排除されていたことによって、そもそも5 年上限ルールを定めた就業規則の制定手続きが労働基準法90条違反・無効であることや有期雇用職員は女性の割合が高く一方の学内人事担当者はほぼ全員が「正社員男性」ばかりという性差別は国際基準では考えられない、性差別だけでなく人事担当理事以下幹部の天下りと有期雇用職員を5年で雇止めして後任を競争的な採用試験を課すことは究極の差別待遇であることなどを指摘しました。

こうして大学側は昨年12月、有期雇用職員については契約更新上限を撤廃しました。
加えて、非常勤講師については就業規則制定による契約更新上限なしの直接雇用化と、就業規則制定を労働基準法90条に基づき適法に行うように非常勤講師等を選挙・被選挙人に含めた過半数代表選挙を急ぐという「満額回答」を得ることができました。

最大の勝因は非常勤講師組合との共闘このたたかいの最大の勝因は、首都圏大学非常勤講師組合との共闘にありました。
正規教職員中心かつ企業内組合である東大教職員組合の限界を補ってもらい、正規労働者と非正規労働者の分断を乗り越えたおかげで、学内外からの共同と大きな交渉力を得られました。
孤立無援の企業内労働組合のみなさんも、明日からと言わず今日から広く連帯していきましょう。
万国の労働者は団結しましょう。

雇用劣化、短期で結果求める限り研究力は衰退する最後に日本の研究力が衰退している問題です。
大学や研究機関で雇用が不安定で労働条件が劣悪な有期雇用労働者や非正規労働者を増やすということは、常に次の職を探さなければいけない人を増やすということですから、いい研究ができるわけがありません。

いい研究をするためにはしっかりした裾野を広げる必要があります。
裾野が広がって初めていい研究が生まれて来るのです。
ですので、研究に携わる職員のモチベーションを引き上げなければいけないのは裾野にあたる職員だと思うのです。
いまはその裾野を削って、それをスター研究者にもってこようとしていますが、そうしたスター研究者はいつどこに行ってしまうか分からないわけです。
そして成果主義で格差を拡大すればするほど、裾野のところはモチベーションが下がるのでいい研究はますますできなくなります。
また、競争的資金、外部資金を得るために短期で結果を出せとされていますが、短期で結果が分かっているものはそもそも研究ではありません。
やってみなければ分からないのが研究なのです。
そしてこうした短期で結果を効率化して出せと言われますが、誰から見ての効率化なのでしょうか?
これは財務省から見ての研究の効率化に他ならず、国立大学と国立研究機関の運営費交付金が毎年削られているように研究力を基盤から衰退させるものです。
いま財務省は森友学園での公文書改ざんや財務事務次官のセクハラ問題なども起こしていますので、そうした問題を改善させることとあわせて研究力を衰退させる財務省の姿勢などもあらためさせるためのチャンスでもあります。
いい研究をするためには、雇用の安定化と基盤的経費の拡充が必要であることを広く訴えていきましょう。

東京大学教職員組合委員長 佐々木 彈々木 彈(ささき だん) 1966年、東京都生まれ。東京大学社会科学研究所教授。東京大学経済学部経済学科卒業、米Princeton大学にて博士(経済学)取得。Copenhagen(デンマーク)、Melbourne(オーストラリア)、Exeter(イギリス)各大学にて教職の後、2002年より東京大学社会学研究所、2009年より現職。専門は法と制度の経済学。

『KOKKO』33号 [第一特集]政治と行政をチェックする方法/[第二特集]科学技術の衰退を止められるか


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