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誰かの理想にならないで

アイドル(idol)には「偶像」っていう意味がある。
でも語源がそうであるだけでアイドルという職業につく人・ついている人全員が「みんな」の憧れとしての偶像になりたい訳ではないのかもしれない。

様々なアイドルがいるように
それを応援するファン・おたくも様々
推しの歌が好きな人
推しのダンスが好きな人
推しのトークが好きな人
推しと話すのが好きな人
推しがいてくれるだけで嬉しい人
色々ですね。
歌もダンスもトークもできちゃうのがアイドル。
すごい。
存在しているだけで人を嬉しくさせちゃうのがアイドル。
本当にすごい。

でも彼らが私たちに見せているのは「アイドル」としての彼ら。そしてその「アイドル」としての見せ方も一人ひとり違う。
例えば私生活を一切出さない人とか、逆に私生活も見せていく人とか。SNSのやり方とか。
所謂ブランディング?
つまり見せたい部分、見られてもいい部分を見せているのかも。
そういう風に全部を見せないのがアイドルだから、「推しにはこうあって欲しい」と理想を抱く人も出てくるのかもしれない。もちろんそれは悪いことじゃない。個人の思ったことだから自由。
見せていないところを脳内で補完するのがおたく。理想の推しが頭の中に出来上がっている。
でもそれを本人に伝えてしまったらどうなるのかな。
「こういう○○さんが好き」っていう言葉。
その一言で自分がどういう風に見られているかということ、どうあって欲しいと思われているかということを知られてしまう。そしてそれを感じたアイドル本人は色々考えてしまうかもしれない。
その言葉と自分の思うことや表現したいこととが異なっていたら尚更。

世間イメージの自分。
応援してくれている人の中の自分。
グループの中の自分。
自分にしか分からない自分。

自分で思う自分を貫くか、自分以外の「誰か」の自分になるのか。
アイドルって人気に左右される職業だから、誰かからの「こういう人」というイメージに寄せていくのもひとつ。顧客満足度(?)をあげるための努力の1つかもしれない。

でも歌詞では「誰かの理想にならないで」と。
聞いた瞬間「かっこいい」と思った。
(私自身が人の目を気にしてしまうものだから、「自分」を貫き通そうとしている人を見るとかっこいいなぁとなる。)
「誰かの理想」になることで周りは喜ぶかもしれない。
でもそれが自分のなりたい自分・ありたい自分ではないなら、その自分に納得出来ないまま生きることになる。
自分の人生は自分のもの。他人の理想になって生きることもできるけど、そうはしない。自分のやりたいようにやって生きたいように生きていく。
こういう生き方をしている自分を好きでいてくれる人を大切にしたいと思っているのかな(勝手な想像)(ごめんなさい)。


そしてもう1つ考えたこと。
「ならないで」っていうのが
「誰かの理想になることなく自分らしくいよう」という意志なのか。「誰かの理想にならないでほしい」という(誰かの理想に寄せていこうかと思ってしまう)自分への戒め・願いのようなものか。
どっちの思いも込めているのかな。
だとしたらここでは強いところと弱いところ両方見せてくれているのかも。
自分が何なのか、と思い悩んで分からなくて。
だから考えることを放棄して誰かの理想に近づいてしまうのは楽かもしれない(もちろんそれはそれできっと大変だろうけれど)。

でも
そこで逃げないで、楽な方を選ばないで、
「自分がどうなりたいか」ということにちゃんと向き合って。
自分なりに答えを出してそれになろうとしている。
めちゃくちゃすごいことだと思う。
人生は1度きりとか自分の人生を生きたいと考える人って「自分」のことをよく考えた人だと思っていて。
「誰かの理想」としての自分に納得できないのは、その人が自分に向き合って自分の中での「自分」を確立させているからだとも思う。
自分と1番付き合ってきたのは自分だけど、自分のことを全部全部分かっているとは言えない。
私はそれを知るのが怖い。
所謂「自分と向き合う」ことがとっても苦手。
自分のことを信じられないから周りの誰かの中にある私になろうとしてしまう。
だから自分と向き合える人とか自分のことを信じて行動できる人のこと尊敬します。そういう人になりたい。


「誰か」に縛られない人。かっこよくて好きです。
自分の理想で。ありたい自分で。
そう生きているのを見ていたいし応援したいなあ、ということを言いたいがための文章でした。
生きたいように生きてください。
曲げないでほしい。(これも私の理想かな。)
そのありのままが素敵だと思ってくれる人はきっとまだまだたくさんいるはず。もちろん前からそう思ってくれている人もたくさん。
応援させてください。これからも。

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