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とうとうやっちまった、の独り言

 最初に申し上げますが、結構下らない話であります。

 いつかやるかもしれない、とは思っていたが、とうとうやっちまった。新幹線の座席下に携帯を落としたまま下車してしまったのだ。気づいたのは改札横のコンビニで呑気に缶ビールを買っている最中だった。この手の失敗は、意外でしょうが、滅多にやらない。その日は演奏会を済ませてからの乗車で、そもそも乗るのが遅く、しかも遠距離(約4時間)だった。こんな時は缶ビールをゴクゴク飲み干し、さっさと眠れば良いのだが、演奏会後は身体は疲労しているのに脳はそれに反して興奮が続いており、すんなり眠れなどしない。仕方なく読みかけの海音寺潮五郎を開き、携帯を眺め、スリザーリンクのハイレベルな問題に苦慮する、この三つを際限なく繰り返していた。一つに集中しないのは、音楽以外には徹底的に飽きっぽいからだ。これが東京~宇都宮とか、高崎とかの1時間圏内ならまずこんな事件は起きない。乗り越す心配をして眠る事など考えないからだ。その日は熟睡しても乗り越さない距離だったが起き続けていた。だが目的地到着のほんの少し前で無意識に眠りに落ちた・・・ようだ。理想の入眠と言える。しばらくして耳障りなオルゴールと共に「まもなく○○に到着します」のアナウンス。すでに降りる準備はしていたが、ホームに入線する車窓の景色に少し焦った。立ち上がり、上着に手を通しながら、素早く座席に忘れ物はないかを確認した。大体自分で自分を信用してはいない。自分ほど頼りない人間はこの世には少ないと自覚しているから、この下車時の習慣は早くから身についてはいた。だが携帯が足元に落ちていたとは、この時微塵も思わなかった。実はつい先日ある駅に帽子を忘れたばかりだ。

 携帯が無い!!!! すぐさま新幹線改札に引き返し事情を伝えたところ、その先の案内所へ行けという。そして案内所窓口のお嬢さんに乗っていた新幹線の便名、車両と座席番号を伝えた。彼女はすぐさま大きな一覧表を指でなぞり電話をかけ、相手に一連の情報を伝えた。彼女は今ずっと先を走っているその新幹線の車掌氏にかけていたのだ。そして受話器の口を塞ぐと「ただいま車掌が座席近辺を調べに行っていますので、そのまましばらくお待ちください」という。そしてまもなく戻った車掌氏から「ありました!」の返事。Gott sei Dank !!! 「携帯は終点○○駅の落とし物センターに引き渡されますので、明日朝電話でご確認の上、着払い返送のお手続きをなさってください。」と笑顔の御宣託。「あのう・・・明日朝イチの新幹線でこの駅に運んでもらって受け取る・・・・なんて事はできませんよね?」彼女は再び満面の笑みで「はい!致しかねます!」と即答。うんうん、わかってますよ、聞いてみただけですから。彼女の顔に哀れみの色が広がらないうちに、お礼を述べて宿へと向かった、という顛末でした。

 ところが、その夜から携帯が自宅に届くまでの2日半、携帯がどれほど自分のあらゆる行動を支配していたか、手元になければこんなにも不安なものかを思い知らされた。これはもう立派な携帯依存症だ。仕方ないので、少し読んでは閉じていた分厚い海音寺潮五郎の文庫(蒙古来たる、下巻)を性根を据えてじっくりと読んだ。そして気づかないふりをしていた【文字を読む力の衰え】に直面した。同じ箇所を何度も読み返すし、書かれている意味を把握するのに度々苦労する。そう言えば、メールをちゃんと読んだつもりで全く理解をしておらず起きたトラブルが沢山あった事も思い出した。都合の悪い記憶には高級カバーが掛けてあるのだ。携帯画面をペラーっと眺め映像と音声に頼る毎日は、読力を著しく低下させ脳細胞を死滅させていたらしい。あれほど漫画雑誌を読んでいるサラリーマン氏に「君君、そんなんばっか読んでると馬鹿になるよ」と嘲笑していたのに、自分が大馬鹿脳になっていたのだ。きっと人との付き合いも薄っぺらいものになり、自分の仕事にも大きく影響をしていたろうな、とかなり強く反省した次第だった。

 その日以来、携帯を決して見ない時間を意図的に作るようになった。ハマっていたゲームのいくつかをdeleteし(全部消せよ、と突っ込まれそうだ)、携帯画面から周囲へと視線を移し注意深く見るようになると、色々と気づかずにいた事に気づいた。膨大な時間を失ってきた事に愕然としたが、悪癖を改めるのに遅きに失する事はない・・・と多分誰かが言っていたよね。・・ね?・・・ね?

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