バンドンでよく耳にする言葉 インドネシア語やアラビア語
インドネシア語を教科書やデュオリンゴで勉強されると思います。
勉強したのと実際はちょっと違うなと感じた言葉について、今回は書きたいと思います。
日本語や英語でも教科書で習うのと実際の言葉は違うと思いますので、同じ現象です。
完全にわたしの感覚になりますので、みなさんそれぞれ違った感覚を持っておられると思います。参考ということでお読みいただければ幸いです。
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アルハンブリラ:実際には「ハンブリラ」に聞こえる。前後関係からすると「あーよかったね」とか「神よ感謝いたします」みたい感じがする。
相手の発言に対して「アルハンブリラー」とつぶやくように発する言葉。感嘆に近い感覚。Alhamdulilahというアラビア語。
アーミン:Amin. キリスト教のアーメンと同じで、幸運を祈るみたいな感じがする。WhatsAppのチャットでも多用され、授業中に先生が説明したときの反応で、学生がアーミンということもある。
アッサラームアライクン ワーラフマトゥラ ワバラカトゥ: assalamualaikum warahmatullahi wabarakatuh. アラビア語で、あなたに平和と神のご加護あれ、という意味です。授業の最初の挨拶でよく使う。
デュオリンゴでは「アッサラームアライクン」と返しの「ワーアライクンサラム」までは習うが、その後に続く言葉は習わない。
先生がまずこの挨拶をすると、生徒たちは一斉にこのように返します。
ワーアライクンサラム ワーラフマトゥラ ワバラカトゥ
最初は何を言っているのか全く聞き取れず、語尾のカトゥだけしか分かりませんでした。
ワーアライクンサラム(あなたにも平和を)だけでも十分な返しみたいなので、この言葉だけ覚えておけば大丈夫です。
ナー:プレゼンをしていて表や写真がでてくると、「ナー」という。「あー」「ほらっね」とか、「これっ。前話したやつ」とかいうニュアンスで使っている感じがする。相手が知っているはずという前提があるようだ。
他に、でねっという感じで言葉を続けている感じもする。
オー:日本だと感嘆の声を上げるときに語尾が下がっていくまたは平坦な使い方が多いが、インドネシアでは語尾が上がる使い方が多い。どういうニュアンスかというと「へー」とか「ふーん」みたいな時に使っている感じがする。
エッ:これはよく分からないがよく耳にする。辞書で引くと何通りかの使われ方があり、①訂正するときにつかう。「我々、エッ、私」みたいな使い方。②ちょっと待ったみたいな時につかう。「エッ、待て!」③驚いたときに使う。これは日本語と同じですね。
ヨッ:いくつかの使い方がある。英語のYoのように挨拶として使うときもあれば、さあ帰るよとか、行くよというときに、口々にヨッといいます。
クラスメイトに聞いたらこれはYesの意味だとのこと。
わたしは最初前後関係から、「Ayo:Let’sの意味」の省略形かと思っていました。相手を促して行動に移させようとしているように感じたのですが、違うようです。
ダダー:バイバイの意味。よく習うのはスラマット・ジャランやスラマット・ティンガル(見送る側が去る側かで異なる)、サンパイ・ジュンパ(また逢う日まで)ですが、圧倒的にダダーを耳にします。
最初は言葉がしゃべれない子供用の言葉かと思いましたが、大人や学生でも使います。
バンガット:インドネシア語の強調表現はスカリやサンガットを先に習うが、実際によく耳にするのはバンガットで、形容詞のあとにバンガットをつけてとても〇〇という表現にする。綴りはBangetで、ア行が日本語のアの発音じゃないので、そのままカタカナ語読みするとたぶん通じない。eはウとエを混ぜたくぐもった発音になります。口をすぼめずにウという感じ。
バン:お兄さんという意味で、名前の前につけます。バン・マコトみたいな感じです。年齢が2,3歳くら上の人に言っている気がします。
関西の芸人が先輩芸人に対し「〇〇兄さん」と言いますが、あんな感じなんだろうなと想像しています。
クラスメイト同士でも使いますし、お店でも店員に「バン!」と呼びかけるときがあります。
ジャカルタ時代は「マス」でした。こっちでも「マス」を使い、ジャカルタ出身の年上のクラスメイトは「マス・ディクタ」と呼ばれています。
スンダでは「マス」ではなく「アカン」を使うと習いましたが、あまり耳にしません。
コ、シ、ロ:ジャカルタ弁らしい。かなり多用される。
じゃぱネシアの解説を見てよくわかったので下にサイトを載せておきます。ここにあるデ、ドン、二もよくつかわれる。カン(Kan)を語尾に付けるのもよく耳にする(Iya kan?とか)と思うが、これはジャカルタ弁ではない。
これが田舎に行くと、例えばスラウェシやマルクでは語尾に「ト」がつくようになる。
博多弁みたいに聞こえる。
各地のご当地インドネシア語訛りがあるのです。
サトゥ、ドゥア、ティガ:1,2,3の意味
1、2、3といいながら写真を撮るので、写真が大好きなインドネシア人が多い環境ではしょっちゅう耳にするし、わたしもたまに撮影を頼まれるので、口にする言葉です。
注意しないといけないのは、最後のティガを、ティィィィガという感じに引き延ばさないといけないこと。日本だといち、にーのー、さんということはあっても、いち、にの、さーんはないだろう。日本の方がわたしはタイミングを合わせやすいのだが、文化の違いとしかいえない。
グエ、グア(Gue、Gua):インドネシア語のわたし(Saya:サヤ)がグエ(女性)、グア(男性)になります。クラスメイトはグエ、グアしか使いません。チャットだとGwと略される。
あなたはカム(Kamu)またはアンダ(Anda)ですが、ロー(lo)になります。「お前」という感じのニュアンスのようです。
Nggak(ンガ):ティダ(Tidak)と同じで否定系に使われます。Tidak apa apa(ティダアパアパ)とは言わずNggak apa apa(ガパパ)というとかですね。
チェウェ、チョウォ(Cewek、Cowok):女性、男性の意味で、プルンプアン(女性)、ラキラキ(男性)やワニータ、ノナ(いずれも女性)よりもよく耳にします。
子どもがいるんですとか、人に会いに行くというと、「チェウェ?チェウォ?」と聞かれます。
ハロー?:相手からあるべき反応がないとき、静かになってしまった時に先生が呼びかけます。多発する人と全く使わない人に分かれます。
たまに、「もしもし」をあわせて使うときもあります。
これはテレビ番組でも見ます。アメリカの影響なんじゃないかと思います。
sを外す:Saja(Onlyの意味)、Sudah(Alreadyの意味)をアジャ(aja)、ウダ(udah)と言う。もはやSを省くのが普通です。
アジャはとても便利な言葉で、くっつけるといろいろなニュアンスを加えることができます。
Beを外す:Begini、BegituはBeを略してギニ、ギトゥになります。ギニはこのように、ギトゥは「Ow gitu。おーそうなんだー」「Iya gitu。うんそうなんだよ」みたいな感じで頻発します。
言葉の一部だけ発し、後の言葉を言うよう促す:これは何を言っているか分からないと思うので説明します。例えば授業中に「コンビニ?」と教授がいうと生徒が「エンスストア」と答えるやり取りです。
先生によって多発する人と全く使わない人がいます。テレビ番組を見ていても、このパターンを使う人を見ます。
ゲゲゲゲーン:ベートーベンの運命の旋律に合わせ、「ダダダダーン」と日本ではいうのに対し、インドネシアは「ゲゲゲゲーン」という。
ピンッ:スマホでメッセージを着信したときの通知音ありますね。設定によって違うかもしれません。インドネシアでは、この通知音をマネして使います。
日本語で頻発する「エー」「うーん」「まあそのーがない」:しいて言えば、apa namanya?(アパ ナマニャ:なんて言うんだったけ?)とか、anu (アノー日本語のあのーに近い)があり、アパ ナマニャは結構耳にします。
wkwkwkwk: これは耳にするというよりチャットで出てくる言葉です。最初ワクワクしてんのかなと思ったら、「クックックッ」という笑い声を描写した表現です。ちびまる子ちゃんの同級生、野口さんみたいですね。
makanya:(マカニャ)だから、それゆえに。Jadi、Sehingga、Karenaとかを習うことが多いが、makanyaの方をより耳にしやすい。
misalnyaまたはmisalkan:(ミサルニャ、ミサルカン)例えばの意味。英語だとFor exampleとかFor instance。他にContoh(チョント)も同じく例の意味でで使います。
Pagi pagi pagi luar biasa!:Pagiというのはおはようございますの略語で、一人が「Selamat Pagi」と大声で叫ぶと、周りの人びとが続いて「Pagi!Pagi!Pagi!Luar biasa!」と叫ぶ。朝、朝、朝、特別に元気!と言っている。
Sudah:(スダ)済んだ、終わったという意味の言葉ですが、グラブやゴジェックを呼んでバイクの後ろにまたがり、準備完了と告げるとき、Sudahと言います。
他にSiap(シアップ)用意はできた(Ready)という言葉もあるのですが、なぜかSudahばかり使います。Sudah siapというべきところ、siapを省略しているような気がします。
Belum ada:(ブルムアダ)まだ無いという意味です。質問があるか講師から聞かれると、Tidak ada(don't have)ではなくBelum ada(Not yet)と必ず返します。Belumにしないと、今後もずっとないというニュアンスが強くなるのかもしれません。
Ya Pak:(ヤパッ)PakというのはBapakの省略形でSirみたいな感じで語尾に付けます。
例えば、ありがとうございますという感じで、Terima kasih Pakというべきところ、makasih ya pak!(マカシヤパッ)とよく言います。
makasihはTerima Kasihの省略形ですからわかるのですが、Yaを挟むのがよく分かりません。おそらくYesをIyaというので、YaはYesを入れる感じで使っているんじゃないかと想像しています。
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これからまだまだ増えていくかもしれませんが、1年間のまとめとして、記事にします。
この手のことは慣れると忘れてしまうので、わたしはこまめにメモをするようにしており、このメモをまとめたものになります。