最難関中合格の秘訣 親の役割・塾の役割
(10回目)
Ⅲ.最難関中突破のための親の心構え
[2] 「大人の受験戦士」になってはいけない!
四十年程前に灘中、甲陽中のような学校を希望する生徒に最高レベル特訓という授業をやっていました。今の希学園では「最高レベル演習」や「灘コース」、「開成・筑駒コース」だったりいろいろあります。あるとき私が担当していた灘中受験コースに塾生のお母様が見学に来られ、熱心に熱心に話を聞いておられました。これは何のためなのか。もちろん、お子様のためです。お子様は別室で行われている甲陽コースで授業を受けていました。お母様の目的は何かわが子のためになるのではないかとこちらの灘コースを見学しておられました。そこで驚いたことが起きました。私から授業時に生徒に対して発問するとそのお母様は手を挙げるのです。何回か手を挙げたので最終的には「手を挙げないでください」とお願いをしたのですが、生徒よりも先に手を挙げていました。それぐらい意欲的にそのお母様は授業を見学されていました。
驚きのエピソードは、そのお母様から「灘向きのテストを受けさせて下さい」と言われたことです。私も解くだけなら良いかなと思いましてテストを渡しました。すると100点(満点)を取られたのです。お家で相当勉強されたのでしょう。そして授業が終わりましたときに私のところへ来られて、「前田先生、私は灘へ行けるのでしょうか」とお母様が仰いました。私は笑いながら小学6年生の男の子が受ける学校ですからとお話をしましたけれども、すべて本当にあった話なのです。私はここで大いに考えさせられました。そのお母様は何のために勉強をされていたのかというと本来はわが子のためなのです。ここに書かせていただいた「大人の受験戦士」になってはいけないというのは、わが子にとって果たして何が一番必要なのか、ということを真剣に考えていただいた方がいいのではないか、ということです。
では、自分が果たしてディレクターになっているのかいないのかを見分けることはできるのでしょうか。それは意外に簡単です。ディレクター・ママは必ず自分が受験したくなる人です。
こんな言葉が口をついて出てきたら自分がディレクターになっている証拠です。
「私が受験したいくらいです」
「私に勉強を教えてください。私から子どもに教えてやります」
「私が男の子だったら開成中に合格できるかも・・・」
「私の今の力だったら、灘中に通るんじゃないかな・・・」
わが子の受験なのに、あたかも自分の受験のように思い込んでしまうから、こんな言葉が出てくるのです。まるで大人の受験戦士です。
こうなるとお母さんの生活の全てが受験一色になってしまいます。すると、まず自分が勉強を始めます。語彙が身に付くと満足します。先に自分が勉強をして、それから自分が先生になってわが子に教えようとします。わが子も自分の後についてくると信じているのですが、それは錯覚です。わが子はお母さんのはるか後方にいるのです。
そのうち、「私にもっと教えてください」と言い始め、少し手ほどきすると「先生、さすがですねぇ」と感心されます。それは、私たちは教えるプロですから、教え方はうまいと思います。でも、お母さんに感心されても、子どもが合格してくれないのでは意味がありません。
昔は親御さんと学習塾の役割分担がはっきりしていました。
お母さんは、自分はお弁当を作るが勉強は塾にお任せというのが大半でした。今は親御さんの学習歴も上がり、中学入試を経験された方もたくさんおられます。そこで自分がまず教わって、わが子の先生役を務めたくなるのも道理かもしれません。でも、そういう保護者は受験にあっては破滅型の保護者です。わが子のために自分が勉強しているうちに自分が勉強することで自己満足してしまうのです。
途中で、そのことに気付く場合は大丈夫ですが、自分がもっともっと高いステージに立ちたいと思い始めた場合、それでうまくいったケースはありません。高いステージに立つのはわが子であって、自分ではないのです。
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