『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』85点(100点満点中)

ネットにはネタバレがあふれているので要注意!

noteでは映画批評記事をアップすることはなかったのですが、この映画に限っては

・ネタバレしたら面白さが半減すること
・本日から情報解禁であること
・経験上、ニュースサイトやSNSには確実にネタバレ情報があふれること

から、例外的に「安全な」「予告編以上のネタバレがない」映画批評記事をアップすることにしました。スパイディのファンの皆様は、これだけ読んで、公開日を待っていただいたほうが良いと思います。ネットには無神経なネタバレがあふれていますよ。

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映画批評 本文

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は早くも全米オープニング興行収入歴代2位、まだ日本市場の分を入れないうちから世界興収6億0093万ドル(約685億円)と、とんでもない数字をたたき出し話題になっている。

その理由もよくわかる。本作は素晴らしい出来栄えだが、ファンのトラウマでもある「アメイジング・スパイダーマン」(12年)打ち切りの悪夢を解消してくれる、すばらしい贈り物にもなっているからだ。

ストーリー

全世界に正体がばれてしまったスバイダーマンことピーター・パーカー(トム・ホランド)の生活は一変した。正義のため戦ってきたはずが、メディアは彼を殺人者とあおり、それに乗せられた大衆の非難を一身に浴びる羽目になってしまった。ピーターはメイおばさん(マリサ・トメイ)や恋人MJ(ゼンデイヤ)を守るため、「人々の記憶を消す」魔術をドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)に依頼するが、この浅はかな依頼が、時空を揺るがす大惨事を引き起こしてしまう。

マルチバースの概念が見事

さて、この後の展開だが、ゆがめられた時空はマルチバース(並行世界のようなもの)から、恐ろしい敵を呼び寄せてしまう。予告編でもあるように、それはドック・オクなど今のスパイダーマンが対戦したことのない(けどファンなら皆知っている)敵である。

つまり、サム・ライミ版の実写三部作、そして先述したアメージング2作品の敵が出てきて、トム・ホランド版スパイダーマンと戦うわけである。これが本作最大の見どころであり、話題性というわけだ。

これは見事な発想の転換である。

マルチバースという概念を導入したことで、「アメージング」のように内容は素晴らしかったのに興収などを理由に打ち切られた不遇のシリーズが復活する。これは私のように、あれを非常に残念だと思っていた観客には涙が出るほどうれしい話だろう。

ファンだけが泣ける名場面とは

決戦前にビルの上で奇妙な会話のやり取りをする場面があるが、ここは試写室では笑いを誘っていたがとんでもない。コアなファンはむしろ泣く場面だ。この不可思議なシーンをここに挿入したことは、この映画にかかわった作り手たちが、私たちと同じようにアメイジングの不遇を心から悔しく思っていて、なんとかよみがえらせたいと思っていたことの証明である。その情熱と執念と、なにより愛情深さに涙が出るのである。

米映画の流行テーマ「分断から和解へ」とは?

作品のテーマも「分断から和解へ」という近年のハリウッド映画の王道そのもの。ポイントはメイという人物の「すべての人に救いの手を」という価値観にある。

つまり戦い倒す「ヒーロー」とは違う道を、本作はメイの価値観として提示する。

多くのメタファーとその意味とは

アメリカのヒーロー映画におけるヒーローとは、アメリカ自身を比喩することが多い。本作にも多くのメタファーが含まれている。ここからはそれをわかりやすく解説する。

まず一つ目の背景としては、戦った人たちが幸せになれないスパイダーマンならではの設定に注目したい。スパイダーマンはアメリカの比喩だから、これは要するにいくら戦っても、悪を退治しても幸せになれないアメリカ、ということになる。

もっといえば、正義のために戦ってもいつもひどい目にあう主人公ピーター・パーカーは、湾岸戦争やイラクからの帰還兵の多くがPTSDになっている、厳然たる現実を思い起こさせる存在でもある。日本人はそうでもないだろうが、一定年齢以上のアメリカ人なら、これはきっと脳裏をよぎる設定のはずだ。

──我が国は圧倒的軍事力でいつも勝利し、悪を征したはずなのになぜ俺たち軍人やその家族はこんな仕打ちを受けねばならないのか……。

これは多くのアメリカ人が生理的に感じていることでもある。この暗い現実が、本作のテーマにリアリティと奥行きを与えている。

宗教的価値観が意味するものとは

二つ目の背景としては、メイおばさんの価値観「すべての人に救いの手を」は、救世主を信仰するキリスト教の価値感そのものということだ。

この二つを合わせて考えると、本作は解釈しやすい。

つまり、非現実の極みである宗教と、現実の極みである戦争。そのまったく異なる二つの道筋が、アメリカにおいては最終的に全く同じ結論を見出したということ。この点こそ、まさに2021年に描く価値があるテーマということなのである。

対中貿易戦争と対立にNOを唱える

さあ、ここまでくれば、あと一歩だ。この先をぜひ考えてみてほしい。

いまアメリカ政府は史上最大の敵というべき中国と、こともあろうに対決姿勢を強めている。これを、本作を作ったハリウッドの映画人や、上記で解説した背景を理解するアメリカ人などは、何としても止めたいのだとわかるだろう。

これはリベラルとか左派の話ではない。アメリカ戦争政策の被害者はむしろ米軍人やその家族であり、彼らこそが戦争反対の思いを切実に持っているのは、近年のアメリカ社会の特徴でもある。

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は娯楽映画の形をとりながら、そのじつアメリカ社会の暗部を描き、さらにそれを一縷の希望で照らす作品である。

映画は優れた一次情報の宝庫

このように、映画を見るとその国のこと、ニュースに出てこない心の内がよくわかる。「映画は最高の一次情報」と私がいつも言っているのはこういうことなのだ。

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』はアメコミ映画ファンやスパイダーマンシリーズのファンに向けた、トラウマ解消の贈り物であると同時に、こうしたアメリカ社会に根付く深いメッセージ性をもはらんでいる。

そのどちらもが強く共感されたがゆえに、これほどの大ヒットとなっているわけだ。

個人的には、もう少しクライマックスの演出をこうしていれば、との具体的な修正点をいくつかあげられるものの、まあ、これだけのものを作ってくれればまずは十分、といったところ。それに、ここでその問題点を書いてしまうと完全にネタバレになってしまう。

ということで、事前に知っておいたらなお楽しめるであろう、私からの情報提供はこのあたりで打ち止めとしておきたい。

本記事を読んだ皆さんが、読む前より倍くらいこの素晴らしい作品を楽しみ、味わえることを心から願っている。

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