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メソッド03 マジックは芸術か? その話、もう何周目?

「マジックは芸術か?」という話。ここには、たくさんの地雷が埋まっています。たとえば、「芸術の定義」や「マジックの定義」。マジックは夢に近いから、意見が違うと怒る人もいます。そのうえ、定義が曖昧になりやすく、論の入り口でウロウロしがちです。たぶん、地雷だけでなく、迷路にもなっていそうで厄介なテーマです。

もし僕が、波風を立てたくないSNSやブログではなく……、誠実に話す義務がある学校だったら、こんなふうに、この議論をスタートすると思います。

まず、マジックの定義を

「不思議な現象を観客に上演する行為」(定義1)

と仮定してみます。

ただし、この定義1には欠点があります。「占いが当たったケース」や「いわゆる(本物の)超能力」「超常現象」みたいなモノが含まれてしまいそう。そこで、この定義に、マジックの利点、「いつでも再現できる」を加えてみます。

「マジックは、再現性のある不思議な現象を観客に上演する行為」(定義2)

しかし、まだ欠点があります。一般の人に原理が知られていないような科学現象…、たとえば粒のような波のような量子の振る舞い、トンネルダイオード現象、浮遊する超電導……、などの公開実験が、この定義に含まれてしまいます。そこで、歴史の中のマジシャンがそうであったように、衣装や音楽、ストーリーなど、いずれかの「観客が望むであろう要素の付加」を定義に加えることにします。

「マジックとは、再現性のある不思議な現象を、観客が望むであろう要素を付加して上演する行為」(定義3)

完璧な定義ではないかもしれませんが、「マジックは芸術か?」の検証のためなら十分でしょう。

マジックにたずさわる人それぞれに、独自の「マジック」の定義があると思いますが、検証を進めるために、ご容赦ください。



次に芸術の定義です。これは、多くの賢人が、ずっと探求し、すでに答えを見つけています。たとえば、現代の舞台芸術の基礎を築いたチェーホフは、芸術全般を下ように定義しています。

1)創作されたものであること
2)フォームが一定であること
3)美が含まれていること

4)タッチが軽やかであること


(出典”To the actor” by Michael Chekhov)

参考までに補足すると、1)は、いくら美しく、完璧な姿だからといって、本物の猫を連れてきても芸術にはなりえない。2)のフォームとは、上演時間やサイズなどのこと。いくら素晴らしい作品でも「永遠に終わらない演劇」や「サイズが変化し続けたり、端がわからない作品」は芸術になりえない…、というよりも観賞が不可能。3)でいう「美」は、絶妙な形や色彩だけでなく、視覚以外の作品のテーマ……、美徳、慈愛なども含まれる。4)は少し難解ですが、表現される対象が「醜悪」や「欲望」など、重苦しいモノであったとしても、その表現手段は「軽やか」でなければ観賞に耐えられない。以上は僕なりの解釈なので、もし専門家の指摘があれば、修正するかもしれません。

上記に該当しないアートもあります。たとえば、既製の便器を芸術と称した、デュシャンの『泉』のように「実験芸術」「コンテンポラリーアート」も存在することは確かです。ただ、ここでは、あまり極論には触れないことにします。

結論は、マジックは芸術の定義からは寸分違わず、外れてもいません。

この考えのプロセスは、実際に、一橋大学ビジネススクールで同大学院生、北京大学大学院生、ほぼ日の学校の講義で説明したこともあり、フリーディスカッションの時間でも(いまのところ)異議はありませんでした。もしかしたら、聴講者が講師に気を使ったのかもしれませんが……。



加えて、酒井邦嘉さん他と共著『芸術を創る脳』(東大出版)もマジシャンとして、上梓して版を重ねていますし、英語圏ではマジックは上演芸術(Performing Arts)に分類されています。

「マジックは芸術だから、僕の出演料は高いんです!」なんて使い方をせず、誰かをいじめるためのハラスメント、ポジショントークでないなら、「マジックは芸術じゃない!」なんて無理を通す必要はないと、僕は思っています。なぜなら、この議論は、数百年のマジックの歴史のなかで、何度も議論され、決着したテーマでもあるからです。

なんだか、「マジックは芸術じゃない!」というロジックは、昔の中国の論者が、橋で通行料をとられそうになったとき「白馬は馬にあらず…」と、屁理屈を言ったけど、結局、通行料を取られちゃった話と同じ気もしています。

話を戻すと、ここで重要なのは、それぞれのマジックが「芸術性が高いか、低いか」、もしくは「マジックに芸術性はどの程度必要なのか?」、「どんな質の芸術性を含ませるか?」なのでしょう。なぜなら、このマジック論のゴールは、「メソッド01 違う山の登山ガイド」で説明したように、「いかに人々に愛されるマジシャンになるのか」なのですから。



もし、どうしても「マジックは芸術じゃない!」という人には、ここで提案があります。とりあえず「マジックは芸術」と暫定的に仮定して、続きを読んでみてください。そのほうが、ずっとスムーズに思考できるはず。もちろん、読後に、僕のマジック論を気に入るか、気に入らないかは自由です。

このセクションのまとめ

○マジックに関わる人よりもずっと多くの人が、永く「マジックは芸術」と判断している。

○問題は「マジックに含ませる芸術性の質と量」。

○もし「マジックは芸術じゃない!」と思う方…、「前田は間違ってる」「チェーホフの芸術論は信用ならない」と感じる方は、とりあえず、暫定的に「マジックは芸術…かな?」と仮定して、読み進めることを提案。
(つづきます)

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