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ストーリー08 資本主義とアーティスト

今から30年くらい前、原宿で不思議な女性に声を掛けられたことがある。「あなた、何をやっている人なの?」と、ちょっと迫力のある声だったから、「マジック…、少人数向けのマジックをしてるんです」と、うっかりと答えてしまいました。

なんとなく、『お茶にでも誘われるかなぁ…』と思っていたら(←その頃の原宿はそんな空気感でした)、「明日はヒマ?そうなら、ココに来てくれない?朝の10時ね」と言って、住所のメモを渡された。

次の日、とりあえずジャケットを着て、向かう車の中で「もし、ベットで裸だったら、どうしよう……」とゲスな考えもした。住所についたらビックリ。すごく立派な家だった。

部屋に入ると、彼女は一人。立派な碁盤が、何故か彼女の前に置いてあり、その上に帯のついたお札が載っていた。僕が、いろんなことに戸惑っていると、彼女は

「あたしね、マジックを習いたいとずっと思っていたのよ」
「レッスンをしてくれるとしたら、このお金で何回くらい受けられるの?」

と、昨日と同じように、単刀直入に質問した。

「そうですね。50回、週1回で、1年分くらいでしょうか……」

僕が答えると、彼女は続けて、

「それなら、お願いします。このお金がウソだと誤解されるとイヤだから、今日持って帰って。でも、銀行か金庫に入れて、しばらくは使わないように」

という、不可解な提案をした。僕は『あとで返して、って言うのかなぁ…』と思いつつ、面白そうだと思って、承諾をした。ただ、僕の家に金庫はなかったけど。

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たまに僕がレッスンに遅刻をして、ひどく怒られたこともあったけど、1年のレッスンは無事に終了。彼女がベットにいたことは、一度もなかった。(←ゲスですいません)。
でも、1年の最後の日には、また、碁盤の上に札束が置いてあって……、

「前のお金は残ってる? もし外国でマジックをするつもりなら、このお金と合わせて、歯を治すといいわ。海外では、白い歯と、歯並びは絶対なの」

なんて、諭すように言われた。どっちが先生なのか、わからない。

すこし事情を話すと、母が僕を妊娠中に飲んだ風邪薬、テトラサイクリンという薬のせいで、僕の歯の色はくすんでいて、歯並びも悪かった。子供の頃はコンプレックスがあったけど、マジックを頑張れば……と、あまり気にしてなかった。

マジックのレッスンは、もう1年つづき、僕の歯は白くなり、きれいに並んだ。
レッスンは円満に終了して、僕のマジックの仕事は忙しくなり、彼女とはそれきり。

ーーーーーー

それから15年くらいあと、僕が出演したパーティで、彼女に再会した。
「あのときは、ありがとうございました。おかげさまで……」と言いながら、僕が頭をさげると、周囲の彼女と仲の良さそうな人たちは、とても驚いて、

「〇〇さん、どうして、このマジシャンと知り合いなんですか?」

と質問をした。そんな反応に、僕はもっと驚いた。なぜなら、僕の頭の中は疑問で一杯で……、

『どうして2年もお金をかけてレッスンを受けたのに、誰にもマジックを見せなかったのだろう?』

とか、
さらに、

『あのマジシャンに歯が大事とアドバイスしたのは、じつは私なのよ……』

なんて、周りの人に自慢しなかったんだろう。(←そのとき、僕はとてもたくさんのテレビに出てた頃だった)。僕だったら、絶対に言っちゃうと思う。

でも、彼女は、パーティでも微笑むだけだった。

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後日、そんなことを、僕の仕事の税理をしてくれていた父に話したら、

「たぶん、お前が贈与税を払わないですむように、レッスンという形にしてくれたんだよ。 それが本当の "patron"、フランス語!」
と怒られた。

金庫だけじゃなく、フランス語の辞書も家に無かったので、図書館のブリタニカで調べたら、こう解説してた。

"patron"
一般には後援者,保護者を意味するが,特に芸術家を経済的に援助する場合にこの名称が用いられる。芸術が職業として成り立つ以前は,パトロンとしての王侯貴族や有力者の庇護が必要であった。イタリア・ルネサンスにメディチ家が演じた役割は特に有名。イギリスではエリザベス朝から 18世紀まで,王室や貴族がパトロンとなって詩壇や劇壇の繁栄を維持した。 18世紀に新興の市民階級の文学ジャンルである小説が興って,文学者たちはようやく自立しはじめ,職業化の道を歩むことになる。(この引用は2014年版 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典から)

なるほど。現代で濫用されるような意味じゃなかったのですね…。裸とベットは、僕の誤解でした。(←あいかわらず、ゲスですいません)。

そのあとも、僕は後援者にめぐまれた。(株)西武百貨店グループから5年の長期契約をしてもらえたり、(株)森ビルに大切にしてもらえたり。(株)日本テレビにも10年くらいサポートしてもらえたのは、ご存知の通りかもしれません。もちろん、今お付き合いいただいているクライアントもそう。「売り上げが……」なんて、ほどんど言われたことはない。

先日、外務省の人と食事をしていたとき、「資本主義でアーティストが育つ」ってやっぱり大変なのかも……と話したら、その人は東欧に長く駐在していたせいか、「そうかもしれませんね」とポツリと同意してくれた。

現在の資本主義だと、どうしても「支援」を「投資」と解釈したり、「費用対効果が……」とかを考えてしまう。いつからアート……、芸術や演芸を「コンテンツ」と呼ぶようになってしまったのだろう。やっぱり、資本主義でアーティストが育つのって、難しいのかなぁ。

でも、そんな人("patron")が、今もちゃんと存在することも確か。マックスさんが言った「登る人が少ないから、その山に登る価値がある」は、いつでも正しいと、僕は思っているのです。僕だけじゃなく、その山を目指す、すべての人にとっても、そう。

蛇足ですが、インターネットが登場してから、彼女の名前をググってみたら、やっぱり名家でした。世間知らずで、すいません……(汗)。
(つづきます)

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次は……「メソッド09 共感されるキャラ」

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サポートはウェルカムです。いただいたサポートで、若いマジシャンとお茶を飲んだり、一緒にハンバーガーを食べるのに使わせていただこうと思っています。