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VR演劇『僕はまだ死んでない』【#まどか観劇記録2020 52/60】

私個人としては2作品目のVR作品の観劇でした。
1作品目は前回noteに書いた『夜想 百物語』という作品だったのですが、今回のVR演劇『僕はまだ死んでない』ではVRの使い方が全く違っていて、同じ技術でも使う人の考えや創造力でいくらでも広がっていくのだなということにまず感動しました。人間の想像力って本当にすごい。


VRの不自由さまで考慮した設定

『僕はまだ死んでない』でまずすごいと感じたのが、VRの不自由さまで考慮された視点設定だったことです。

現時点のVR撮影というのは360度カメラを使うらしいのですが、カメラはどこかに置かなければいけないので位置は固定されます。VRはカメラ位置=観客の視点位置となるので、カメラが固定されている以上、観客はそこから動くことは出来ません。“どこを見るかは自由なのに動くことはできない“ これが現状のVRの特徴だと思います。

この自由であると同時に不自由でもあるVR観劇の状況を、寝たきり状態の患者の視点に重ね合わせる演劇的発想が天才的だと思いました。この視点設定のおかげで観客はVRのメリットデメリットをそっくりそのまま設定として受け入れ、ストレスなく引き受けて楽しむことができるのです。

物語の主人公の白井直人は急病に倒れて、ベッドの上で目を覚ました時には寝たきりで体を動かすことも口をきくこともできない状態でした。瞬きで意志を伝えられるとはいえ、作中でそのシーンはわずかのため、動けないし発信もできないが見るものだけは自由という主人公の状況はVR観劇をしている観客の状況とぴったり同じで、これによって観客は主人公として作品を観るという役割を与えられました。


観客を登場人物にするVR視点

壁に包まれた病室。父と女医、それに僕の友人とが話をしている。体が動かない。何が起こったのか。女医は淡々と「元通りになる可能性はないし、むしろ生き延びたことを奇跡だと思って欲しい」と話す。
なるほど。そういうことなのか。
奇跡的に意識が戻った後も、かろうじて動く目だけで意思疎通の方法を探る。なにかと気にかけてくれる友人、そんな状態の前でかまわず女医を口説く父、戸惑う女医、そこへ離婚調停中の妻が面会にやってくる…
公式サイトより転載)

公式サイトでこのあらすじを読んだ時は、一体どんな泥沼ストーリーを見せられるのだろうと二の足を踏んでしまったのですが、実際に見たら当初の想像とは全く違っていました。

それぞれ登場人物は、主人公との関係も様々だし、倒れる前の主人公との関係性もなかなかで、決していい想いばかりで病室に集まったわけではありません。寝たきりで何もできない状態になってしまったのだから、身内には迷惑をかけるし、更に回復の保証すらない状態の主人公はお荷物に思われても仕方がない。

観客は主人公の視点で物語を見ているので、どうにも感情が主人公に寄り添ってしまいます。「迷惑をかけていることはわかっているけれどそんな無神経な言い方をしなくてもいいじゃないか」「この人疲れてそうだな、自分のせいだな」「そんなこと思っていないのに勝手に決めないでよ」など。時々そんな観客の想いを導くかのように主人公役のキャストの言葉や姿が現れます。

主人公役のキャストが目に入った時だけ、観客は主人公の視点から離れて物語を外から見ることができるのですが、作品に入ったり出たりという二つの視点を行き来したことが、他の登場人物に対する感情を特別なものにしたのではないかと思います。

おそらく外からしかこの作品を観ていなかったら、私は妻の存在が好きではないまま終わってしまったと思います。けれど、彼女は他の人がいない病室で私の(主人公の)目を見て話をしてくれました。他の人には見せない優しい表情で。その瞬間、彼女の中にまだ主人公に対する愛情があることが感じられたし、それは他の人との関係でもそうで、みんなそれぞれ優しかったのです。

普通の舞台では、キャストの目を見ることなんてできません。それがVRではできる。そして、この作品では、主人公という役割を与えられたうえで真正面から目を見て話しを聞いたという特別な体験をしました。その瞬間、私は主人公でした。ものすごくリアルな納得感でした。

観客の視点に意味を与えること。
VRの視点設定が本当にすばらしかったです。

人に向き合うって悪くないですね。
軽やかな後味でした。


映像としての視点

舞台セットもなかなか興味深く拝見しました。

作中に登場する場面は、倉庫のような場所に作られた病室のセットと、海岸沿いにあるブランコの二つだけです。閉じられた人工的な空間である病室(窓から見える木も明らかに作り物)と、どこまでも無限に広がる海の情景(リアルな自然)という対照的な二つの場面によって、心情や話者、時間の変更をうまく切り替えていたように思います。そして、それだけでなく、境界の有り無しでVRの視界はこう変わるのだなという面でも面白かったです。

ブランコのシーン、バケツの中の錦鯉の視点でも見てみたかったと思いつつ、そうしたら海岸は全く見られないことに気づきました。笑

VR、360度カメラという技術だけでこんなにも演劇という体験が変わるのだなということに驚いた作品でした。これからも様々な人が様々な使い方をしていくのだと思います。人間の想像力の無限さに期待が膨らみました。


***上映情報***

VR演劇『僕はまだ死んでない』は2021年4月7日まで視聴できるので新しい演劇体験をしたい方はお見逃しなく。スマホさえあれば見られます。
チケットの販売は3/31までなのでご注意ください。


おすすめの作品などを教えていただけるととてもうれしいです。