音楽劇『モンテ・クリスト伯』【#まどか観劇記録2020 23/60】
今年の夏は、近しい時期に二度、元宝塚トップスターの出演する舞台を観る機会に恵まれました。そのうちの一回がこの音楽劇『モンテ・クリスト伯』、その方は凰稀かなめさんでした。
歴代数々の上演をされてきたアレクサンドル・デュマの「巌窟王」
モンテ・クリスト伯と題された、しかし主役はモンテ・クリスト伯爵ではなく、凰稀かなめさん演じるモンテ・クリスト伯の元婚約者のジョセフィーヌという物語。
元宝塚トップスターの存在感
元宝塚という肩書きでお話してしまうことは現在活躍されていることに対して失礼だと思われるかもしれないのですが、ここでは敬意をこめて”元宝塚トップスター"ということに触れさせていただきたいのです。
というのも、夏に拝見したお二人の元宝塚トップスターというのは真矢みきさんと今回のモンテ・クリスト伯の凰稀かなめさんだったのですが、お二人とも舞台に立たれた時の存在感が圧倒的すぎたからです。他の出演者の方も名だたるベテランの方や脂の乗った新進気鋭の方々が並んでいらっしゃったのに、彼女たちが舞台に現れた瞬間、自然と目がそちらに引き寄せられてしまったのです。彼女たちの半径2mの部分だけ空気が濃い、そんな印象を受けたほどです。
それがなぜかと考えた時に、今までの人生で舞台に立った回数、時間の積み重ねなのではないかと思いました。宝塚トップスターとして来る日も来る日も何万人の期待を背負い、何万の視線にさらされる日々、トップに上り詰めるまでに重ねた舞台、稽古の日々。我々観客には想像もつかない濃密で過酷な時間を過ごし、その中で少しずつ舞台人としての空気が濃くなっていったのではないかとそう思うのです。
舞台を中心にご活躍されている方は多いといえど、宝塚トップスターほど、たくさんの人の期待を背負い、たくさんの時間と心を使い続けた経験を持つ方々はいらっしゃらないのではないかと、そう思うお二人のオーラでした。
オーラがある、なんてよく言われているのを耳にするけれど、一体どういうことだ、そんな目に見えない感覚的なものなんて、、、と思っていた私が思わずオーラ、、、と口にしてしまうほど、圧倒的な存在感でした。
舞台セットがせりあがり、階段の頂点でスポットライトに照らされた凰稀かなめさんは神々しくすらありました。
その存在感と盤石のゆるぎなさゆえ、逆に少女時代の演技については迫力がありすぎて相手役の方とのアンバランスさを感じてしまうこともありましたが、宝塚トップスターとして築いたものの上に更に積み重ねた凰稀かなめさんの存在感に終始圧倒された3時間でした。素晴らしかった。
様々に解釈され表現される古典
古典といっていいのかわかりませんが、アレクサンドル・デュマが「巌窟王」を書いてからすでに千年が経ちます。その間に、様々な演出家が様々な解釈で作品を生み出しました。
数え切れないほどの上演をもっても、偉大な古典は作りつくされることなく、新しい解釈、新しい表現のもと、何度も何度も上演され続けます。
今回のモンテ・クリスト伯では、巌窟王の作品世界だけではなく、アレクサンドル・デュマ自身にも光を当て、その双方が交じり合うという世界観が見事でした。つながっているのに切り離されていて、観客は二つの世界が明確に分かれて見えるのにその間のつながりを感じざるを得ない。両世界の配役も見事でストーリーが進むにつれ、二つの世界の境界があいまいになっていく流れも見事でした。
「今までにないものを作りたい」
多くの芸術家が口にする言葉ですが、昔から作り続けられている作品で新しいことをするのはとてもやりがいがありますが困難な道でもあります。それに挑み、見事な作品を作り上げた今作に最大の賛辞を贈りたいです。
そんな作品を率いる凰稀かなめさんの背中はとても美しく強く、素晴らしいものを魅せていただきました。そしてもちろん、その背中を支える方々も素晴らしくてこそ、この作品がここまで魅力的になったのだと思います。
最後に、個人的に興味深かった舞台装置についてのスケッチを載せて終わりとします。
絶対に固定されていると思っていたのに、自由自在に動く階段に驚きました。始めは自動で動いているのかと思ったのですが、おそらくあれは、中に人が入っていたのではないかと今になって思います。 気になるポイントでした。
おすすめの作品などを教えていただけるととてもうれしいです。