私を雑にふった男の話

冬になるとたまに思い出す昔の恋人がいる。
以前、一回り年下の正太郎(仮名)という男性と付き合っていたことがある。
付き合ったと言えるかどうかわからないぐらい短い関係で、恋人期間は約3ヶ月。
そういうパートタイマー的な恋愛だったので、いつから始まったか覚えてないけれど、わりと肌寒くなってから付き合い始めたと記憶してる。
別れた時の方が鮮明で、あれはちょうど今頃でしたかね。

正太郎とは会社の先輩後輩として知り合い、私達の上司には女性の部長がいました。
彼女を仮に竹本さんとしますか。
竹本さんは当時、43歳で独身。
1度も結婚したことがない人で、ネイルや美容に力を入れてるんだなってわかるタイプだった。
こだわりがあるのか、必ず花柄のワンピースを着て、どんなに暑くても腰近くまで伸ばしたロングヘアーを緩めに巻いてた。
ネイルは必ず薄ピンクのラメ。
そして、右手の薬指には良い感じの指輪がはまっていました。

正太郎は仕事ができる人ではなかったけど素直な性格で、竹本さんはじめ、上の人達から可愛がられていた。
中でも、竹本さんの上司にあたる、当時、専務をしていた人からも「正太郎、飲み行くか!」といつも名指しで指名され、ほんと、よく可愛がられていたね。

私は彼の見た目に惹かれた。
あと、あの頃、2年近く彼氏がいなかったから適当に付き合える人が欲しかったってのもある。
正太郎は仕事はできなかったけど、性格は悪くなかったし、素直だし、年下の男の子って感じが良かったわけですよ(笑)。

正太郎という人は不思議な男で、私と付き合ってるはずなのになかなかデートができなかった。
土日休みではない会社だったので、お互いのシフトが合わないというのもあったんだけど、それ以上に、休みの日に何をしているのかわからない人だったんだよね。
本来の私なら焼き餅を焼いて気になって仕方ないんだけど、いかんせん、見た目で付き合った人というのもあって、そこまで深く入れ込んだりはしてなかった。
だけど、ある時、「なんか変だな」っていう違和感を覚えたことがあるんですよ。

その当時、私はSNSで上司である竹本さんと繋がっていました。
彼女は「仕事一筋、男なし!」というのを売りにしていて、それをどこまで周りが信じていたかわからないけれど、私は信じていませんでした。
まあ、そこは女同士ですからね。
勘が働くよね、やっぱり(笑)。
それに、私が入社した時から彼女にはある噂が常につきまとっていたんです。それは、


専務の愛人。


そう噂されてることを正太郎も知ってたし、竹本さん本人も知ってた。
たぶん、社員の大半も知っていてそのほとんどが「そうなんだろうな」って信じてたと思う。
実際はどうなのか未だに謎だけど、「2人が並んで歩く後ろ姿でそういう関係だってピンときた!」という人もいたし、私も竹本さんと世間話をしている中で本当なんだろうと感じていた。
正太郎は私より竹本さんの部下歴が長い人だったので、1度、その噂の真偽について聞いたことがあるんですよ。そしたらね、こう言ったの。


「違うと思うよ。本人が違うって言ってたから」。


本人というのは竹本さんね。
私はこの言葉に最初に違和感を覚えたの。
彼が噂話を信じてないということより、


上司である竹本さんと踏み込んだプライベートの話をできる仲なんだ。


って感じた。
竹本さんと正太郎は16歳の年齢差があり、いつまでも平社員の正太郎に対し、竹本さんは破竹の勢いで出世をしてきた人だった。
弊社初の女性役員になるだろうと皆から言われていたし、それから数年後、実際にそうなった。
ここまで大きな差がある2人がそんな込み入った話をするか?
考えてみてくださいよ。
あなた、役員に最も近いと言われている上司と(しかも異性)、「専務とできてるって噂、本当ですか?」なんて聞ける?

次に正太郎に違和感を覚えたのは、付き合いはじめてわりとすぐの頃。秋の始めぐらいかなあ。
SNSで竹本さんと繋がってる私は、当然、彼女の投稿を見ることができます。
彼女は海が好きなようで、時々、季節関係なく湘南へ行っていたんですよ。
「友達が海へ連れ出してくれました!感謝!」って一文が必ずセットだった。
竹本さんってハードワーカな上にワーカホリックな人だったので、休みの日に海まで行くことがなんとなく「珍しいな」って思ってたの。
ある時、久しぶりに正太郎と会ったのね。
その時、彼が何気なく「そういえば、この前、海に行ってさ」と言うわけですよ。
「誰と?」って聞いたら「友達」って言うわけ。
「どこの海?」って更に重ねると「湘南辺りかなー」って返ってきたの。


これ、もうビンゴだろ。


て思ったんだけど、深入りはしなかった。
私に「竹本さんとの関係は確定だな」と感じさせたのは、「季節外れの海だね」とわざと聞いたら「友達が行きたいって言うから」とのこと。
これだよね。この言葉で私は2人の関係を確信したの。


だって竹本さんは海が好きで、そのことをよく公言していたから。


思い返せば、「この人、竹本さんのこと好きなのかもな」って感じられることがいくつかあった。それをわかりつつ、私は正太郎と付き合ったんだよね。
竹本さんが専務の愛人だと聞いてたし、彼女は正太郎より16歳も年上だから、彼を恋愛対象には見ないだろうって高を括ってた。


だけど、恋愛感情に年齢差なんてハードルにならないよね。


私と正太郎の別れはあっという間で、カジュアルな別れ方だったし、もっと言えば雑にふられた。

いろいろあって別れるかどうするかの話をうちでしようと正太郎から言われた時、私は「よりが戻るんだろうな」って考えていた。
だけど、約束の日の夜遅くになっても正太郎はうちに来ず、連絡もつかない。
さすがに終電がもうないだろう時刻になって、ようやく正太郎から電話が。


「竹本さんから飲みに誘われて断れなかった」。


「まじかよ、こんな時まで竹本さんを選んだのかよ」と思いながら、結局、電話で別れを告げられた。
「ごめんね」と言われる度になんだかバカにされたように感じて、別れ話よりその言葉が気にくわなかった。

今思えば、竹本さんは私と正太郎の関係に気づいていたと思う。
なにかの時にそれらしきことをさりげなく言われたんだよね。そこには微かな女の嫉妬を感じ取れた。
多分、あの頃、竹本さんは専務と別れ話をしていたのかもしれない。
なぜなら、私と正太郎が別れてすぐ、それまで竹本さんの右手薬指にいつもあった指輪がなくなっていたから。
あの指輪は専務から貰ったものだと評判だった。

社内で私は竹本さんの再来だとよく言われていた。そのことは彼女も知っていた。
上司としてはできる部下を持てて誇らしかっただろうけど、女としては、これまでずっと自分を慕っていた男の子が他の女に振り向くことが許せなかったのかもしれない。
恐らく、あの海の日に竹本さんは正太郎にそれなりの意思表示をしたんだろうと思ってる。

私はその後、海外に異動になり、彼らがどうなったか知らない。
噂では、専務は会社をやめて独立し、竹本さんは地方へ栄転したらしい。正太郎の話は聞かなかった。
数年後、彼らとは顔を会わせないまま私は転職をした。
竹本さんと正太郎がどうなったのか知る由もないんだけど、願わくば2人の恋が成就して、幸せに暮らしていると良いなって思ってる。

そろそろクリスマスツリーを出す時期になりましたね。飾り付け頑張ろう(笑)。

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