モーモーチャーチャーって、何ですか?

人間というのは実に身勝手な生き物だ。


他人から良く思われたい。できれば優位に立ちたい。

そんな愚かな身勝手さは、時に自分自身を破滅に追い込むものとなってしまう。

これは、私の愚かなプライドが招いた悲劇の話である。

氷がたっぷり入ったアイスコーヒーを勢いよく飲む私の前で、彼女は温かいカフェラテに角砂糖を2つ落とした。マカロンのような色合いのネイル。その細い指先でスプーンをつまむようにして持ち、カップの中をゆっくりとかき混ぜる。

「最近どう?」

彼女と最後に会ったのは確か1週間前だった。

しかし女性同士が椅子に座って一息ついた時の定番の文句と言えば、この「最近どう?」なのだ。

私は「最近」、要するにこの1週間で起こった、トップバッターとして使えるネタは何があったかと頭をフル回転させた。

まずい、何もない。

この1週間といえば、ただひたすら紙飛行機を折っていただけだ。

「最近?紙飛行機折ってるよ」

あまりにも弱すぎる。

1番打者が「紙飛行機」とは、どんな弱小チームだろうか。そしてなんだか少し怖い。

私は紙飛行機をそっとベンチへ戻らせた。

「最近かー、最近、最近ねえ、うん、最近」

もはや最近が何かも分からなくなるほどだった。

一文で最近という言葉を最も多く使ったギネス記録なのではないか。

そんな私を見かねてか、彼女はカフェラテを一口飲んで言った。

「私はタピオカの店巡ってるよ」

なんということだろうか。

私はその時、実力の差というものを思い知らされた。

「最近どう?」というボールを投げてきたかと思えば、彼女は一瞬のうちに打席へと移動し、軽々とヒットを放ったのだ。

「最近どう?」は私だけへのボールではなかった。

「最近どう?」と私に問いかけながら、彼女はそれを自分自身へも問いかけていたのだ。

そして見事に打ち返した。

「タピオカ」という最強打者を1番に持ってきたのもいい。

確実に塁に出る、そんな執念を感じた。

しかし私は思った。

タピオカをこんな序盤で使っていいものだろうか?

後々、もっと必要な場面に直面するのではないか?

そんな私の不安をよそに彼女は続けた。

「今度タピオカ食べに台湾行くんだ」

なんと、ただのヒットではなかった。

タピオカはものすごい早さで2塁へ到達した。

まさかタピオカがこんなに走れるとは。油断していた。

2番バッターが送ってくるものだろうと思っていた

切り替えていこう。次だ。

私は彼女をじっくりと見た。何だ?次はどう来る?

そして彼女はその名前を実に簡単に口にした。

「あと、モーモーチャーチャーにもハマってる」

モーモーチャーチャー?

モーモーチャーチャー?

誰だ、それは。

新外国人か?

ここで新外国人を使ってくるのか?

タピオカというスターの後に、2番打者モーモーチャーチャー。

ものすごい采配だ。革新的だ。

しかしこのモーモーチャーチャー、まったくもってデータがない。

私は考えた。

ここで動揺を悟られてはいけない。

そして私は「モーモーチャーチャーね、はいはい」といった感じの表情を作った。

そして言った。

「わかるー」

もはや何が分かるのかも分かっていない。

この明らかな嘘を、彼女は気にしていないようだった。私がモーモーチャーチャーを知っていようがいまいが、そんなことは問題ではないのだ。

私はすでにモーモーチャーチャーの虜になっていた。

モーモーチャーチャーはまだ打席に立っただけで、バットを振ってすらいないというのに。

いや、むしろ、

「2番、指名打者 モーモーチャーチャー」

これである。ウグイス嬢の高らかなアナウンスを聞いただけで、

「うちに欲しい」

そう思ってしまったのだ。

何一つ分からない、謎につつまれたモーモーチャーチャー。

ひょっとするとどこかの国の至宝なのかもしれない。

またひょっとすると育成選手なのかもしれない。

私はまず、様子見のボールを投げた。

「モーモーチャーチャー、いつからハマってるの?」

あわよくば、出会いの詳細を聞きたかった。

彼女は答えた。

「本当に最近。お店で見かけて、見た目が可愛いから買ったの」

私は「モーモーチャーチャーは可愛い」という情報を得た。

リップはディオール、バッグはヴィトン。

そんな彼女に一目で気に入られたモーモーチャーチャーは、きっとすごく可愛いのだろう。

そして、モーモーチャーチャーは商品だということも分かった。

新しいスポーツの可能性もあったし、若手のお笑い芸人の可能性だってあった。

「あの見た目は欲しくなっちゃうよね」

私の知ったかぶり投法は続く。

しかしここで彼女は揺さぶりをかけてきた。

「モーモーチャーチャーの意味って知ってる?」

私は動揺した。

ここでそれを聞くのか。

「考えたことなかったな」

声が上擦った気がするが、この返事が最善だと思った。

彼女は少し目を細めて言った。

「ごちゃまぜ、って意味らしいよ」

場外ホームランだった。

ごちゃまぜ。

モーモーチャーチャー、そんな奴だったのか。

驚きを隠せなかった。

モーモーチャーチャーは可愛い見た目をして、実はごちゃまぜだったのだ。

その衝撃はすさまじかった。

打った瞬間からそれと分かるホームラン。白球は遙か彼方へと消えていった。

完敗だ。

私は崩れ落ちた。

タピオカはホームインすると、両手を挙げてモーモーチャーチャーを待つ。

モーモーチャーチャーは、ゆっくりと時間をかけてダイヤモンドを一周している。その姿は貫禄さえ感じ、かつての謎の新外国人ではなかった。

ホームベースを両足で踏んだモーモーチャーチャー。

どうやら戦う相手を間違えたようだ。

モーモーチャーチャーに勝負を挑むべきではなかった。

人間の愚かさである。

モーモーチャーチャーを知らないことを悟られたくない。

モーモーチャーチャーに勝ちたい。

そんなプライドなど捨てて、こう言えば良かったのだ。

「モーモーチャーチャーって、なんですか?」

そうしたらきっと彼女は答えてくれた。


「マレーシアのスイーツだよ」

と。

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