日記 12月14日

 三菱一号館美術館の印象派展に行ってきました。
 相互さんがコローが良かったとツイートされていて、それに触発されて、観に行きたいなと思っていたところでした。期待していたのもあると思うんですけど、コローの作品、好きになりました。

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 東京駅の地下から上がってくると冷たい雨が降っていた。とりあえず、と皇居の方へ歩いていく。地下から前を歩いていたご婦人二人が、どうも同じように三菱一号館を目指しているように思う。
 彼女たちを追い越して、日比谷通りに出ると、お堀の向こう側に大きな銀杏の鮮明な黄色が目に飛び込んできた。皇居を右に見ながら、明治生命館を目指し、通り過ぎたところで、これは迷子だなと気付く。迷子になることが旅の目的の一つでもあるので、特に心配はしない。ひとまず、思っていたところに三菱一号館がないので、魔法の箱(スマートフォン)に尋ねると、ちょうど立っている角の通りにあるとのこと。雨が強くなってきたので傘を差し、信号を渡ると、レンガ建てのそれらしい建物が見えてきた。ご婦人たちは見えなかった。
 案内板に従い、建物の間の細い通路を通ると、そこは中庭だった。紅葉が赤い葉を散らしている。雨脚が強まる。煙る雨の向こうに、印象派・光の系譜の文字が見えた。

 しばし行列に待機し、エレベータに案内される。レンガ建てに鉄骨の骨組みの見える建物が物珍しく、エレベータが上昇している間、ガラスを見ていると、三階で扉が開いた。人が多いな、と思う。楽しみにしていたコローが展示室の初めに固まっているが、あまりに人だかりに、後回しにする。
 絵を見に来たのか、人を見に来たのか、分からない。暖炉の装飾に目移りする。「夏の陽光(ショールズ諸島)」が目に入り、ああ印象派っぽいな、と思う。絵というのはどう楽しむのだろうか、と考える。前はどうしたら楽しかっただろうか、と考える。その内に、人波が切れたので「川辺の洗濯女たち」の前に立ってみる。右から左へと流れる川の流れが、ふいに頭の中に浮かんできて、素晴らしい絵だな、とぼんやりながら感じた。「夏の陽光」を改めて、間近に見たくなる。途端に、水と光の展示だということに気付いて、川のある構図に興味がわいてくる。川面の描き方に個性が表れている、それを見たいと思う。

 人波をやりすごして、コローの前に立つ。期待と不安に胸が高鳴る。もし、素晴らしいと思えなかったら……。薄暗いほど淡い照明の中に、黎明とも黄昏ともとれる日の名残りの空の色が浮かんでくる。目の焦点が合うようにコローの沈んだ色彩が馴染んできて、赤の差し色が、烈日のように差し込んだ。鏡面のような川面、宵闇に凝る木々、赤いバンダナを巻き、青い上衣を着た女性は聖母だろうか、と乏しい知識で考える。
 良かった。美しい。美しいと思う自分がいる。
 いつまでも見ていたかったが、次の人波が寄せていた。後ろ髪をひかれながら、自分もその人波へとまぎれていった。

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 小説風に書いたら、ちょっと自分の中でフィクションみが強くなってしました。でも、だいたいこんな順で、コローを見ました。コローのおかげで、展示に入り込んで楽しむことができました。
 展示の初めの方にある、四点の作品のいずれも、日が沈んだ(朝とも夕とも思える)時間の川辺の風景を描いていて、その時間特有の明るさと暗さ(表裏一体)にすごく引き込まれました。絵の重心が画面の下の方に寄っている安定感や、木々の枝の描かれ方(次の部屋に展示されていたシスレーの「ロワン川のほとり、秋の効果」の枝が、風に揺れている姿を映しとった動的なものであるのに比べて、コローの描く枝は、その場に固定された一瞬であるように感じました)が、静止した世界を作り出していて、その静けさというのが、欠けたもののない十全な世界、完璧さに通じているように感じて、すごくよかったです。

 それと差し色の赤を見て、日が沈んだ後の空に、ああいう燃え盛り方をしている雲があるな、と思いました。高いところにある雲が、一つだけ残照を受けて、真っ赤に染まっている。そういうイメージと繋がって、グッときました。光源が一切描かれていない一方、日の名残りのような、太陽の気配だけが充満している画面で、あの鮮やかな赤色は、太陽の比喩のように感じました(検事のバッジである「秋霜烈日」を連想しました)。
 ああいう、いつとも言えない時間、好きです。

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 レッサー・ユリィ。
 「風景」「冬のベルリン」「夜のポツダム広場」「赤い絨毯」
 今回の展示で、一番心を奪われたかもしれません。
 ぱっと飛び込んでくる色彩。どうしてこれほどまでに鮮やかに見えるのか、と眺めていたのですが、結局、分からないままになってしまいました。それぞれの白・白・黄・赤が目を惹いて、強烈な印象を残しました。
 それと「風景」「冬のベルリン」の白は、藤田嗣治の乳白色の肌を連想しました。中々、言葉にならない素晴らしさでした。

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