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女優。

私は女優。
はい?って驚きのあなた、ご安心ください。昔、娘の通っていた幼稚園でやっていた劇サークルに所属していただけです。そんななんちゃって劇団女優だったワタクシですが人生でただ一度だけ女優顔負けの迫真の演技をぶちかました事がございました。


もう何年も前の話である。かつて私はとある宗教の熱心な信者であった。過去形で書いている通り、既にその団体とはご縁がない。現在は無宗教の信者である。最近巷では宗教によるさまざまな事が取り沙汰されている。まさに私もその取り沙汰されているような世界の住人であった。子どもの頃に親が信仰していたものをそのまま踏襲し、長い間疑う事なく受け入れて生きてきたのだが、ある時ふと『自分が幸せを感じられないのはこの信仰のせいでは?』との素朴な疑問が頭をもたげた。

一度芽生えたそれはものすごいスピードで細胞分化し始め、増殖を止めることが出来なかった。アイデンティティが根底から覆され、自身のよって立つ地面が足元から崩れ落ちるような恐怖を味わう。けれど私はこの直感を手放さなかった。決定打となったのはある会合における幹部の言葉だった。

「忘恩(最高指導者に対する)は殺人より罪が重い」

全身鳥肌が立ったことを今でも覚えている。絶対正義を標榜する事の恐ろしさ。これは宗教ではない。心が決まった瞬間でもあった。

態度を明確にした私のもとを入れ替わり立ち替わりその団体の人たちが説得に訪れる。私は自分がどう感じ今の心境に至ったのか言葉を選びながら丁寧に説明し続けた。しかしかなしいかな、もう見ている世界が違うのである。話が通じない。同じ日本語を喋っているのに。ある日とうとうラスボス的なえらい方がやってきた。私はもはや話の通じない相手に対してなんの方策も持たなかった。

背水の陣ともいえる私が取った行動。それは身も世もなく泣き叫ぶことだった。相当ヤバい…狂気じみている。これはもう手に負えないと思ったのだろう。説得もそこそこに皆さん帰って行かれた。その時、私の頭の中はとてもクリアに研ぎ澄まされており、ハッキリと演じていることを自覚していた。真正女優の誕生である。私は女優
才能は開花しすぐに散った。残念…

現在、世の中で起きていることを見聞きするたびかつての自分を思い出す。

活動していたあいだ周囲に迷惑をかけたことも多々あったに違いない。幸いな事にごく親しい友人は私の元を去らずにいてくれた。家族は二分され、なかでも父からの反対は激しいものだった。しかし反対や批判は逆に
大きな磁力となってその世界に引きつけられてしまう場合がある。どんな正論も真っ当な批判も頭の中で都合良く変換されてしまうのだ。悲しいけれど本当に本当に、本当に難しい。

私がなぜ素朴な疑問を持つに至ったか。それは偶然手に取った一冊の本から始まったように思う。たまたま出張先で夫が移動車内で読むために買った本。その持ち帰ったものを何気なく読み始め特に何かを感じたわけではないが『こころの処方箋』というタイトル通り読後感はこころが軽くなったように思えた。

それからその著者(臨床心理学者:河合隼雄氏)の本をどれほど読んだだろうか。ある日、読んでいた本の一節に心が震えた。気がつくと涙が溢れ号泣していた。そしていたって素朴な問いが私の中に生まれたのだ。幸せじゃない。それは何故か。

その後、私のシンプルな疑問はやはり熱心な信者だった母と姉もその世界から抜け出す手助けとなった。

そして夫。当時私の話をただただ聞いてくれて周囲に何を言われても動ぜず受け流し盾となってくれた。そのことにどれだけ救われたか…一生忘れない。当時の夫の心境はどんなものだったのか。本人は多くを語らないのだが、あまりに淡々としているので変わっていく私を心配した姉はやきもきしていたらしい(笑)そんな夫も私から数年遅れて静かにフェイドアウトする。

時折想像する。もしいまだにその世界に残っていたらと…子どもたちの人生はどうなっていただろう。戦慄する。また現在出会っている人たちとも出会う事がなかっただろう。そして今もそのような世界に生きている人たちのことを思う。

何年か経って私の魂を震わせたその本の一節を読んでみた。何ということだ。何も感じない。現在学んでいる哲学の勉強でこんな言葉を教えてもらった。

ハンマーを持っている者には全てがクギに見える

なるほど。私にはもう必要がない言葉なのか。少しさみしい気がした。

新たな言葉を探して日々勉強する。様々な本を手に取る。いまだに正しいという事に怖さを覚え、正しい側に立つことに戸惑う。正しいとはどういうことなのか。自分の頭で自分ではないものに思考を奪われないよう注意深く考える練習が私には必要だ。

思考のめっちゃキツい筋トレに根を上げそうになりながら私はそれを手放したくない。死ぬまでトレーニングは続くのである。


さて。
そんな元女優である私。一生忘れないと言ったその口で今日も今日とて夫に小言を繰り出しておりますが何か?

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