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太宰治「満願」を読む

一枚の美しい絵だった。幸福で清冽な空気が漂うような。そこに私が読んできたうちの、太宰作品の底流に流れる苦悩や卑屈は感じられず、明るい日の光の下、生と聖と性が描かれていた。

文中に示される「冷たい麦茶・風に吹かれてぱらぱら騒ぐ新聞・水量たっぷりの小川のゆるゆるとした流れ・旅の私に、牛乳配達の青年が毎朝かける律儀な挨拶」そのいずれもが必要な場所へ絶妙に配置され、一枚の絵を美しくを彩っているようだった。こんな風に、言葉で世界を切り取ることのできる作家の眼差しとはどの様なものなのか・・より深く知りたいと私は思う。

そして、最後に添えられた小さなエピソードは、読んでいる私の心とも体とも言えない内側をふわっとしたもので満たし、思わずため息が漏れた。お医者夫婦のそこはかとないユーモアにまぶされた優しさと、「白いパラソルをくるくるっとまわした」小学校教員の、若き妻のいたって素直で清らかな喜びが、まるで鮮やかな手品のように「ほら、ごらん」と目の前に差し出されたのだった。


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