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みずごろも 〜和菓子のこと〜

 実家のある街の駅前に、小さな和菓子屋さんがあります。
「みずごろも」というのは、そのお店のお菓子のひとつ。親指ほどの大きさの摺りガラスのような錦玉羹の中に、小豆の形がごろっと残った餡が閉じ込められています。お砂糖の衣を纏っているのに穏やかな甘さで、お抹茶や煎茶はもちろん、紅茶やコーヒーにもよく合うのです。

 和菓子は、練り切りもお干菓子も美しく、季節を写して目を楽しませてくれるものです。自分のためには滅多に買わないけれど、そういうお菓子はとても好き。けれども「みずごろも」のような控えめな見た目のお菓子も、しみじみと味わい深いと思います。素朴だけれど十分に手をかけられたお菓子は、心を穏やかにして、時の流れを少しゆっくりにする力があると思うのです。

 旅先でそういうお菓子を見つけると、とても嬉しい。
 滋賀県大津の「大津絵おどり」も、そんな愛しいお菓子の一つです。大津絵を写した焼麩煎餅で、口に入れるとふわりと溶けて、優しい甘さが広がります。たまたま目にした本で知り、大津のお土産にと買い求めたものでした。
 お店は、大通りから少し入った昔ながらの街の一角にあります。歴史を感じさせる落ち着いた佇まいで、「大津絵おどり」の他にも品の良い美しい和菓子が並んでいます。
 このお菓子を彩る大津絵は、浅井忠画伯の原画を元にしているそうです。そもそも大津絵は、江戸時代に盛んに描かれた民画です。もとは仏画であったものが、七福神や藤娘などさまざまなモチーフを取り入れ、その素朴でコミカルなタッチが旅ゆく人々の心を捉えました。交通の要衝であった大津のお土産として多くの旅人が買い求め、各地に運ばれていったのです。

 おそらく30年くらい前までは、ごく普通の小さな町にも、街に馴染んだ和菓子屋さんがありました。お饅頭やおはぎ、夏場の水羊羹、お茶席のお菓子やお赤飯を商う小さなお店。けれども、気がつけばそういうお店は少なくなって、普段口にする和菓子はスーパーで、お遣いものや特別な日の和菓子はデパートのお菓子売り場で買うようになりました。
 安価で手軽な和菓子や、目にも鮮やかで美しい和菓子が手に入るようになった一方で、その土地ならではの素朴なお菓子がひとつ、また一つと消えていったのでしょう。そう言えば、大津でもう一つ探していた「大津絵落雁」というお菓子は、製造元が閉店し、もう手に入らなくなりました。この落雁が作られなくなれば、大津絵を写した木型も不要になります。そういう道具が消えていくのは、歴史を失うようなもの。とても残念なことです。

 栗、柿、お米…秋の実りを閉じ込めた和菓子は、しみじみと美味しい。この季節、ゆっくりお散歩をしながら、街の小さな和菓子屋さんを探してみませんか?

 

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