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地テシ:381 福岡の思い出2024

 いよいよ来週8月12日(月)から劇団☆新感線「バサラオ」明治座公演が始まるよ! 一ヶ月半やるよ! 50ステージやるよ! 長いよ! ええ、気をつけていきましょうとも。

 しかも、本日8月10日から東京公演追加席の販売も始まりました!

 「注釈付き」と付いているのは、一部の出演者や演出が見づらいお席だからではございますが、本当に一部です。あらかたの部分は見えておりますので、宴に乗り損なった方はこの機会にぜひ! ただし先着順ですのでお気を付けて下さいませ。


 さて、そんなワケでね、これから東京公演が始まるワケですが、その前に! その前に福岡の思い出をまとめておきたいと思うのですよ。私にとっても久しぶりの福岡だったし、初めての面白スポットにも行ったしさ。面白? まあ、私にとっては面白スポットだったよってだけなんですけどね。


 まずは、北九州市は小倉にある「ゼンリンミュージアム」について。いきなり博多じゃなくて小倉の話になってしまいますが、わざわざ新幹線に乗ってまで行っちゃったからね。これはお話しせずばなりますまい。
 劇団☆新感線でも何度かお世話になったことのある、小倉にあります「北九州劇術劇場」。丁度いまナイロン100℃「江戸時代の思い出」が上演中です。面白いから九州の方は観に行ってね。
 で、その劇場が入っているエリアが「リバーウォーク北九州」というのですが、そのリバーウォークの一角に地図の博物館であるゼンリンミュージアムがあるらしいのですよ。あっちゃうらしいのですよ。
 何度も行ったことのあるエリアに地図の博物館があるコトを知らなかったとは地図好きとして不明の至りなのですが、それもそのはず、このゼンリンミュージアムが開館したのは2020年。ついこの前です。そりゃ知らないわ。
 とはいえ、かつては同じ場所に同じゼンリンさんの「ゼンリン地図の資料館」ってのがあったそうなんですけど、割とひっそりと活動していたためにあまり知られていなかったんですって。私も知らなかったのですが、こりゃ私のアンテナ不足だったと反省しております。

 まあとにかく、知ってしまったからには行かずばなりますまい。博多駅から小倉駅へは在来線なら一時間半ほど掛かりますが、新幹線なら15分です。じゃあ行きましょう! パパッと行きましょう!

 リバーウォークは小倉駅から西に歩いて10分ほどの所にあるのですが、その途中にも見ておくべき面白ポイントがあります。「常盤橋」です。小倉の町人エリアと武士エリアを分ける紫川に掛かる橋で、長崎街道や唐津街道などの九州を走る多くの街道の起点となっている《九州の日本橋》ともいえる重要な橋なのです。

何度も掛け替えられているそうですが、現在は古風な木橋です

 現在は江戸時代と同様の木の橋に掛け替えられましたが、使われている木材はコンクリートと同じ強度を持つ西アフリカのボンゴシ材だそうです。

 常盤橋のたもとには、かつて江戸時代に伊能忠敬が九州測量を始めた起点だったコトを記念した測量開始200周年の記念碑もありました。

伊能忠敬さんはホントに日本中を歩いているね

 そんな常盤橋を渡ってちょっと南に下ればスグに昔の小倉城内に入ります。そんな城前にあったのがこちらの素敵な建物。

薄いブルーと下見板張りがアーリーアメリカン調

 どうやら元々は小倉警察署で、その後は病院として使用されていたそうでして、明治中頃の建築だそうです。国の登録有形文化財でもあり、何度か改修や増築はされているようですが、130年以上も前の建物が現役というのが素晴らしい。
 現在入っているアパレルショップ「BLUE BLUE」さんは日本各地の歴史ある建築をリノベーションして使用しているようで、こちらもその一環のようです。でもね、急いでいたから中には入ってないのよ。入って中もよく見てくれば良かったなあ。

 そして、その向かいがリバーウォーク北九州。丸や三角に赤や黄色など、様々な形と色が組み合わされているのはジョン・ジャーディの設計。複雑に組み合わさった色と形状が、同じくジョン・ジャーディ設計のキャナルシティ博多やなんばパークスを思い出させます。
 そんなカラフルな建物群の中で、ひときわ高い黒半円柱のビル(朝日新聞ビル)に中にゼンリンミュージアムはあります。ちょっと入口が判りにくいですが、北側の大通りに面した部分(半円柱の平らな部分)が入口です。エレベーターで14階に上がれば、そこがゼンリンミュージアム。

常盤橋から見たリバーウォーク北九州。真ん中の黒い建物がゼンリンミュージアム
こちらが入口。1階の中も堅苦しいカンジだけど、気にせずエレベーターで14階へ

 ビルの14階にあるだけあって、窓からの景色が素晴らしい。眼下には常盤橋も見えながら、北九州が誇る工場群、小倉港、そして海の向こうには本州の端っこまで見えるのです。

一番手前が常盤橋。そして正面の山々が本州・下関です
そして南側からは小倉城が見えます

 館内は大きく3つのエリアに分けられています。《世界の中の日本》のコーナーでは大航海時代からのヨーロッパで作られた数多くの地図で紹介されている日本が集められています。噂でしか聞いたことのないボンヤリとした形から、徐々に実態に近い形になっていくのが面白い。

 《伊能図の出現と近代日本》では長久保赤水や伊能忠敬などが描いたかなり正確な日本地図が展示されています。床面には伊能図の中図実物大も貼られていて、じっくりと見ることができます。細かく見るには座り込まないといけないけど。

館内は基本的に撮影禁止でしたが、ここは撮影OKでした

 最後の《名所図会・観光案内図・鳥瞰図の世界》では、日本各地で発行された観光地図を中心に、様々な時代の地図を見ることができます。地図好きには一番楽しいトコロですよね。

 このように、長年にわたって収集された数多くの地図を一気に見ることができるのです。出来たてだけあって館内も綺麗で美しく展示されています。展示物保護のために館内がかなり暗めなのはしかたがありませんけども。
 ただ、正直に言いますと普通にちゃんとした博物館だったなぁ、と。いや、ちゃんとした博物館であるに越したコトはないのですけれども、お話を伺いますとどうやら以前の「ゼンリン地図の資料館」時代にはもっとマニアックなカンジの博物館だったそうでして、地図好きとしましてはその時代に行っていれば良かったなあとか思いましたよ。いや、知らなかった自分のせいなんですけどね。


 それから、ある日の休演日には元寇三昧な一日を送りました。いや、「バサラオ」にも「元寇の時には蒙古軍が使っていたとも」という中村倫也さんのセリフがあるように、鎌倉時代の大きなトピックスなのですよ、元寇というのは。
 元寇とは鎌倉時代中期(「バサラオ」が南北朝時代だとすればその60年ほど前)にモンゴル帝国の後裔である元が二度にわたり日本に攻め込んできた文永の役、弘安の役を指します。元と高麗の連合軍に対馬・壱岐から福岡北部エリアに侵攻され、多大な被害を被ったにもかかわらず、暴風雨などのお陰で追い返したという、まあザックリと言いますとそんな戦役です。蒙古襲来とも呼ばれます。
 その文永の役と弘安の役の間に、防御のための防塁を築いたそうなのです。そして福岡にはその防塁がいくつか残されているというのを割と最近知ったのですね。となれば行ってみたくなるじゃない。なるでしょうよ。じゃあ行きましょうよ。

 元寇防塁は東西約20kmにも及んだそうですが、その所々が遺跡として残されています。その全てを見て回るのは大変ですので、土地勘のある一部だけに行ってきました。西新地区と百道地区です。西新駅前には「しばらく」という美味しいラーメン屋さんがありますし、藤崎駅前の百道エリアにはこちらも二度お世話になった「ももちパレス」がありますしね。

 福岡市地下鉄の西新駅から西北西に10分ほど歩いた場所にある元寇防塁は30mほどが掘り起こされて保存展示されています。2mほどの高さがあったそうです。

真ん中の石積みが防塁。その両側のは保護のブロックです

 同じ緑地帯には元寇神社もありました。小さな祠があるだけでして、なにか由緒ある因縁があるワケではなさそうでしたけども。

 その西新地区からさらに西の百道エリアへ5分ほど歩きますと、先ほどの防塁の続きがあります。ただ、こちらは掘り起こされておりませんので只の地面とほぼ変わりませんけどね。

奥の囲いの中が防塁。もう普通の地面とほぼ同じです

 このように、約20kmに渡って築かれた防塁ですが、今では上に民家が建っていたりするのも面白い。この一帯は大学や民家が建ち並ぶエリアですので、時代と共に埋もれてしまったのでしょう。帰りは地下鉄藤崎駅から乗りますよ。

 さて、元寇防塁を確認したら、今度は元寇史料館に向かいましょう。え? 元寇史料館? ええ、そういう資料館があるらしいのです。こちらは地下鉄の馬出九大病院前駅近くにありますから、福岡地下鉄大横断です。
 馬出九大病院前駅から3分ほど南東に歩くと大きな公園が見えてきます。その辺りが福岡市東公園と日蓮上人銅像護持教会でして、山門をくぐると正面に巨大な日蓮聖人銅像が見えますが、その山門のすぐ左に元寇史料館はあります。

こちらが日蓮聖人銅像。かなりデカいよ
二階が元寇史料館。一階にはラーメン屋さんとかがありました

 元寇史料館といいながら、日蓮宗や日蓮聖人銅像に関する資料、様々な武具なども多く展示されておりますが、もちろん元寇に関する展示もされています。元軍や日本軍の動きを地図上で示した資料や、元軍の兜や鎧、武器などが並び、ついでに元寇を題材とした絵画なども集められていました。
 全体的に展示方法も古く、いかにも地方の古い資料館といったカンジです。元々は明治時代に設立されたため、そこはかとなく軍国主義の名残も感じられました。

 同じ東公園内には亀山上皇の立像もあります。亀山上皇は南北朝対立を生み出した大覚寺統と持明院統迭立の元凶でもありますから、「バサラオ」ともまんざら無関係というワケでもありませんしね。

広大な東公園の小高い丘にあります

 あ、そういえば日本三大八幡宮のひとつである筥崎宮も近くだったよね。元寇史料館まで来れば、筥崎宮なんてスグそこですよ。


 とか思ったのが間違いでした。いや、この日はね、あまり歩かないようにしようと思っていたのですよ。やたらと暑いし、休演日にはなるべく体力は温存したいですしね。地下鉄で移動できるところはできるだけ歩かずに済まそうと思っていましたが、もうすでにそこそこ歩いちゃってるし。
 ただ、この段階でまだ昼の1時ごろだったのよ。割と段取り良くサクサクと予定が進んじゃったのよ。しかも、筥崎宮にはまだお詣りしたことがなかったし、境内には蒙古軍船の碇石もあるっていうしね。馬出(まいだし)から唐津街道を歩けば筥崎宮に着くっていうのも旧街道好きにはタマランしね。だから歩いちゃったのよ。
 でもまあ15分くらいで着きました。境内は広くて日射しを遮る木陰も少ない。1546年に大友義隆が建てたという本殿や拝殿と、1594年に小早川隆景が建てたという楼門を見て、1609年に黒田長政が建てたという一之鳥居も見て、お詣りして、亀山上皇が書いたという「敵国降伏」という扁額も見て、蒙古軍船の碇石も見て、そうして見て回っているうちに結構歩いちゃいました。

筥崎宮と一之鳥居
巨大な楼門、そしてその奥には拝殿と本殿が
こちらが蒙古軍船の碇石(いかりいし)

 結局、随分と疲れてしまいました。お腹も空きましたし、何か食べましょう。じゃあ、福岡いちの繁華街である天神に行きましょうか。よく知っている街なのに今回はまだ行っていませんし。
 で、地下鉄で天神に移動して、まだちょっと早かったんでフットマッサージに行って、ご飯を食べて、ホテルに帰ったらグッタリしました。歩数カウンターアプリを見たら18,000歩以上も歩いていましたよ。誰だよ、今日は歩かないようにしようって言ったのは。体力を温存しようって言ったのは。


 そんなこんなの福岡散歩。最後に福岡で見つけた私の好きな写真を羅列して終わりましょう。何が面白いかは私にしか判らないかもしれませんけど。

小倉の京町銀天街にあった洋品店。この丸みのある建物が良いよね
お馴染み赤煉瓦文化館(旧日本生命保険株式会社九州支店)は辰野金吾・片岡安の設計
博多座近所の冷泉荘は古いマンションをリノベーションした集合アトリエ
臨時休業中の古い商店なのですが、奥に行くほど低くなっています
福岡市地下鉄には各駅ごとにアイコンがあるのですが、祇園駅が一番カワイイ


 さてさて、福岡の思い出はここまで。次はいよいよ東京・明治座です。私にとっては三度目となる明治座ですが、劇団☆新感線としては初めてお世話になります。歴史ある芝居小屋で繰り広げられる宴をどうぞお見逃し無く!
 
あ、ちなみに今回巡った博多ラーメン屋は10軒でしたよ。