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地テシ:230 「狐晴明」の基礎知識! 妖かし篇

一ヶ月にわたってお送りして参りました劇団☆新感線「天のモコモコ 地のフワフワ」いや「狐晴明九尾狩」東京公演も残すところあと1ステージ。なんとか無事に終えて大阪に向かいたいと思います。
ただねえ、来週から急に寒くなるらしいんです。これが噂に聞く季節の変わり目ですよ。大阪にはどんな服を持って行けばいいのかが判りません。
何しろ私にとっては、昨年の「偽義経冥界歌」福岡公演以来、一年半ぶりの旅公演なんです。旅公演に何を持っていけばいいのか。それすらも忘れかけています。人間って意外と簡単に忘れるもんなんですね。
まあとにかく、無事に大阪に行って無事に帰ってきたいと思います。大阪でも「天モコ地フワ」いや「狐晴明九尾狩」をどうぞよろしくお願い致します。


さて、「狐晴明」をより楽しんで頂くための基礎知識講座。皆さまのタメになっていますでしょうか。伸びるアクセス数とハートマークに気をよくして勝手に書き続けていますが大丈夫でしょうか。まあ大丈夫じゃなくても書くんですけどね。ええと、今回は「妖かし篇」です。

今作にはたくさんの妖かしが出てきますね。妖かし。「あやかし」と読みます。今作に於ける「妖かし」というのは、なんていうか、妖怪とか化け物とか、なんかそんなカンジの不思議な存在だと思って頂ければ大丈夫です。
様々な怪異を引き起こすとされている妖かしたちですが、それぞれに存在理由があり、それぞれに意思があるんですよ。多分、それぞれの生活とか洗濯とかゴミ捨てとかもあると思います。そんな妖かしたちをご紹介していきたいと思います。


まずは「藻葛前(もくずのまえ)」から。千年生きて術を身につけた御霊狐(みたまぎつね)という設定です。
狐と言えば狸と並んで人を化かすというイメージがありますよね。かと思えば稲荷神の使いとしての姿もあります。恐れられたり崇められたり。まあ、古来より特別な力のある動物であると思われていたようです。
平安時代には「玉藻前(たまものまえ)」という狐の妖怪の伝説があります。美女に化けて時の上皇に取り入って、国を傾けたりしたとか。また、安倍晴明が狐の子であるという伝説では、晴明の母親は「葛の葉(くずのは)」という狐であったとされています。
私の勝手な想像ですが、この「玉藻前」と「葛の葉」からインスパイアされたのが「藻葛前」なんじゃないかなとか思っています。「藻」と「葛」だからね。ただ、発音すると「海の藻屑」の「もくず」になってしまうところに中島かずきさんの悪意を感じるのは私だけでしょうか。

同様に、四体セットで出てくる今作オリジナルの妖かしたちも中島さんの創作です。運切りハサミで金運を切る「貧乏蟹」、人のやる気を奪う「ひだる亀」、油を垂らして立てなくする「油ましまし」、蛇腹ふいごで人々を吹き飛ばす「蛇腹御前」
いずれもふざけた名前と、ふざけた必殺技と、ふざけたビジュアルを持つ妖かしたちです。ちなみに、このふざけたビジュアルはいのうえさんが描いたラフスケッチを元にインディ高橋くんがデザインしたそうです。
個人的には蛇腹御前の頭に、黄色いジャバラポンプ(ほら、ビニールプールとかを膨らませる、赤と青の口が付いたアレ)がくっついているのがお気に入りです。あと、油ましましが被っているラーメン丼っぽい帽子もね。
ちなみに、この四体は隙あらば楽器で演奏しています。貧乏蟹はカスタネット、ひだる亀はハンドパンドラム、油ましましは三味線、蛇腹御前はアコーディオン。しかも実際に演奏していて、その音も流れているんですよ。注意して聞いてみて下さいね。


これらはオリジナル妖かしですが、セリフの上では本物の妖かしたちも出てきますよね。「伊予の八百八狸(はっぴゃくやだぬき)、出雲の大蛇(おろち)、美作の猿神(さるがみ)など、各地の有力な妖かし」というのは藤原近頼セリフですが、ていうか私が言うんですが、これらは古典説話などに実際に出てくる妖かしたちです。
中島さんにちらっと確認したところ、狐の出てくる話だから動物の妖かしたちを集めてみたのだとか。ちなみに、近頼のそのセリフを聞いていたランフーリンが「そんな『あつまれどうぶつの森』みたいな奴らに」と言うのは戯曲には無く、稽古場でいのうえさんが勝手に付け足したセリフですよ。

そういえば、タオとランのフーリン族や、九尾の狐であるパイも妖かしといえば妖かしですよね。
フーリンは漢字で書けば「狐霊」。狐の霊の一族です。「霊気に育み育てられた獣人(けものびと)」という設定です。大陸の奥にある深山幽谷に暮らす精霊の様な種族のようですが、それがヒトの世界に現れると妖かしと呼ばれるようになるのだと思います。
また、パイのフルネームはパイフーシェン。漢字で書くと「白狐仙」となります。九尾の狐は中国の伝説に出てくる霊獣ですが、瑞兆を表すとも悪しき存在であるとも言われており、要するによく判りません。ですが、現代の感覚では何やら悪いことを引き起こす邪悪な存在と捉えられているのではないでしょうか。
先ほど書いた玉藻前の正体も九尾の狐であると言われており、概ね悪の側として描かれることが多いようです。今作でも九尾の狐は災いを呼び起こすモノとして描かれております。しかも九尾ならぬ九十九尾の狐霊神(これいしん)になることによってヒトの世を支配しようとします。その結末はどうなるのか。ご覧になった方ならもうお判りですよね。


そうそう、忘れてました。もう一体、舞台に登場している妖かしがいましたね。千葉哲也さん演じる蘆屋道満の肩に乗っている「ハコちゃん」です。ハコちゃんについては新感線公式twitterさんに詳しく書いてあるので、こちらをお読み下さい。

こちらはインディ高橋くんのオリジナル妖かしです。そんな設定があったのですね。



日本では古来より、なにやら災いや怪異があると、それは妖かしが引き起こしていると信じられてきました。信じられてきたというコトは、存在するというコトです。科学的事実とか関係なく、信じられているってコトは存在するってコトなんです。
今作でも様々な妖かしが登場しますし、ヒトとも共存しています。異質な存在との共存、そして多様性。難しいコトは考えずに、そういう世界なんだと信じて見て頂ければと思います。見慣れてくれば可愛いもんですよ。それがたとえ油ましましでもね。