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かじりかけまま、しばしさよなら【Sandwiches #84】

 こんばんは、あっというまに7月やと知りまして、ああ、なんともはや!なこころもちであります。すこしづつひらけた生活へと戻りつつあるかと思いきや、都内では感染者多数のため(場合によっては)再度の緊急事態宣言も視野にあるとか、ないとか、こりゃいつまでたっても敵わんわけよ。いったいどうなってしまうんやろか? ほんとう、おろおろ憂うばかりです。

 そんななか、先日おしらせした通りで本連載「Sandwiches」そのSeason 2が今日にて最終回となります。毎日の投稿もここで終えるっちゅうことやけど、本来ならキリよく100日続けるとかね、もちろん考えましたよう(84ってなんやよくわからんものね)。んまでも所詮はただの数字ですから、それよりはおのれのなかでの区切りを優先した次第。

 ふと第1回(毎日更新いたします【Sandwiches # 1】)の日付をみれば4月9日となっている。遠い昔のような、つい昨日のような、不思議にすっぽり抜け落ちたがらんどうの春をこえて3ヶ月弱もぼやぼやしたことばを編み続けてきたのでした。

 あれやこれやこねくり回した文章でなくとも、こうして毎日頭のなかのぐるぐるの、その切れッ端を残していくこと(しかも万人に見られるかたちで!)は、なによりも自分自身にとって、ぱきっとしたイン・アウトの実感とつぎの思考にうつるステップを与えてくれるような気がしたのです。

 初回にあたってこのように書いていたが、じっさいのとこいくばくかの実感がいま手元にあるか否か? 問われると、しーん、答えに窮してしまうおのれもいます。どうにも真に「ぱきっと」していた日はまれやし、「つぎの思考に移る」ための飛び石として配置するというより、むしろひとつの場所に積んでは崩し、積んでは崩し、ひたすら不恰好な石塔をつくるような作業やった気がするのです。どちらがよいも悪いもないけれど、結果的にそうなった。

 もちろん苦しい日もあったが、にしてもわたしとして楽しい日課であったことは間違いなく、「毎日必ず更新する」「文字数は原稿用紙○枚分」など、ほどよい負荷の元になにがしかの出力を行うことはよき鍛錬ともなりました。当初より「誰のためでもなく自分のため」などと宣言し、読者など二の次に書き散らしてきたわけですから、それでも読んでくださった、ハートマークを押してくださったみなさまには感謝してもしきれぬ思いであります。

 ……もっとも、ここでもったいぶらず言えばそう遠くないタイミングで「Season 3」のスタートを考えています。あれよ、この回でもっていっさいの存在を消そうとか、そんな心算では毛頭ない! 書き足りぬこともたくさんあるからして、かなうならばまだまだお付き合い願いたいのだ……ただいまは、ほかの作業に集中したいがためにいったんの区切りをつけただけのことなのです。

 なにせもうしばらくはライヴなどできそうもない状況ですから、引き続きこの「Sandwiches」や、SNSや、そんな場でもって外界と交感せんことにはすぐにぐずぐず腐ってしまわあね。ぶるる、おそらくすぐにカムバックするかと思いますので、そのときはどうぞよろしくお迎えください。

 84日間、maco maretsから「Sandwiches」お届けしました。しばしさよなら! かじりかけまま、とんずらです。

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