ふたつのわっかの重力と【Sandwiches #20】

　鏡をのぞきこめば、なんだか顔がむくんでおる。自宅ですごす日々のなか、だんだんと気になってきたんはおのれの健康状態であります。それといった不調もないが、メイビイ、はつらつとはすこし離れたモードやて……。ぐずぐず、もっとも原因はあきらかだもんで、どう考えても日光浴と運動の不足に違いないのです。そもそもあまり体を動かすたちではないからして、家で過ごすようになれば必然的にもう牛、牛、牛の様相よう。ぼんやりごろり、そりゃムーミンのごとき輪郭も、青白さも獲得できるわけだった。

　そんでわたし、はつらつを取り戻すため左手にふたつのわっかを装着することにしたのでした。ひとつめは手首に、ふたつめは小指に。

　手首に巻いたのは、いわゆるスマートバンドっちゅうガジェットです。ざっくりざっくり説明しますと、機能を最低限に削ぎ落とした「Apple Watch」みたいなもん（説明になっているかしら）。その名の通りスマートフォンと連動して、歩数や心拍数、睡眠の質などを測ってくれる腕時計型のデバイスです。

（毎日いかに生活をわくわくさせるのんか、みなさま考えておられると思いますが、わたしはここぞとばかりにガジェット、ガジェット、ガジェットに頼っておるとそれは認めざるをえまい。以前ふれたタブレット端末もそう。なんにつけ、便利な道具はわかりやすく生活を変えてくれますものね。ただしこの「Sandwiches」はあくまでカジュアル・シルキイなマガジンだもんで、『GoodsPress』や『家電批評』みたいにガジェガジェしないようつとめたいのやった。どちらも大好きな雑誌ですけれどもよ）

　試しに心拍数を1日中、30分おきに測る設定にしてみれば、平均BPMは75と出た（maco marets の曲でいうと『Daybreak』なんかが近いスピード）。これまで自分のハートのBPMなんて気にしたこともなかったけれど、一度数字であらわされると不思議なもんで、どくどくどっくん心臓くん、たしかに左胸におる感じ、する！ 先に書いた通り、おのれの健康状態が気になるわたしです。単純で困ったことやけど、これを巻くだけでなにやらよそさま顔やった身体感覚を「とりもどした」気になった。手塚治虫の漫画『どろろ』において、主人公の百鬼丸が肉体を取り戻してゆくあのmoodであります。

　そしてこの「とりもどし」の感覚は、小指にはめたふたつめのわっか……ガラスの指輪にも同じく喚起されよった。このコロナ渦到来のすこしまえ、モールで一目ぼれして買ったそのかわいらしいリングは、箱の説明書きによれば日本橋のガラス細工屋さんで一点一点手作りされているらしい。まるで水をわっか状にしてそのままこごらせたような、やさしいひだひだがいきいきと光をはねかえして、これがまあすてきなのです。

　しかして状況は状況だもんで、この指輪も机上のトレイにそっとおかれてばかりの憂き目にあい、こころなしかしずんだ色をしてみえる。そりゃ見捨ててはおけんし、外出はせんけれども小指にはめておくことにしたわけです。すると、まあこの小指が括弧つきの、「小指」となってきらきら主張すること、まばゆいこと！ すさまじいはつらつをもたらしてくれたんであります。

　以前この指輪の写真をInstagramに投稿したのですが、わたし下のようなキャプションをのせていました。

うまれてはじめて指輪を買いまして、ガラスのやつ。アクセサリーなんかこれまで身につけたことなかったけれど、つけたとたんに小指はあなた、どちらさま？ くらいに別の重さね

　つづけて「指輪をするっちゅうことは、その指を切り離して、もっかいくっつけることのように思えます」と書いたのですが、まさにこのmoodよ。たとえばスマートバンドやガラスの指輪でもって、自分の身体の一部を切り離し・対象化したとき、一度は上の通り「どちらさま？」ってくらいよそよそしい距離をたどってゆく。けれど、その後にはより鮮明な感覚とともにしっかり帰ってきてくれるのです。嬉しい驚きでした。

　このふたつのわっかは、属性をまったく異にしながら、同時に共通した気づきをもたらしてくれる魔法の道具であります。その霊力にかまけてじゃらじゃら、魔女のごとき装飾まみれの腕にしてしまえば……呪いめいた何かに変わってきてしまうけれど、そうではなくて！空疎な左手に「とりもどした」そのわずかな重力が、（あくまで微々たるものなれど）身体の喜びを思い出すための足がかりとなると考えたい。

　と言葉をこねこねする前に、体操するなり、ジョギングするなり、身体をうごかすべきでは？ と思うたあなた。 おっしゃる通りでございます。へへへのへへへのへのへのへッ……。

●本日の一曲

Duaさまと一緒にワークアウトしましょう。