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シオンチェのジイ【毎週ショートショートnote】700文字

材木座の扇状の長い海岸を男が一人歩きながら、
夏の早朝のビーチコンバーを楽しんでいた。
 
ナップザックを背負い、
手には長いトングを持ち、
日に焼けて年季の入った
ベースボールキャップを被っていた。
たまに立ち止まって、
砂浜を漁ったり、
トングで何かを拾い上げたり、
小さな波に揺られているロングボーダー達を
水面が輝く海の向こうに見入ったりしていた。
 
その日は嵐の去った翌日の日だった。
青空がどこまでも伸びていく
爽やかな風が流れる朝だった。
彼はいつものように海外を歩いていると、
いつもとは見慣れない物を海岸に見つけた。
それは仰向けにひっくり返ったウミガメだった。
昨日までの嵐のせいで、
ここまで流されてしまったのだろう。
辺りの砂はもがいたせいで掘り返されており、
ウミガメは掘り返した砂のくぼみの中に落ちる
格好でぐったりとして動いていなかった。

彼は海辺まで走ると、
ナップザックに海水を拾い、
すぐさま戻ると、
ぐったりしているウミガメにかけた。
ウミガメは頭を砂の中に反り返し、
手足をバタつかせて
体を起こそうと再び動き始めた。
彼はさっそく、ウミガメに手を貸し
埋もれた体を砂から這い出るのを手伝った。
そして潮の引いてしまった海辺まで
甲羅を押してやり、
ウミガメが波面の中に消えてゆくまで見守った。
 
その日をさかいに、
彼を材木座で見かけることはなくなったが、
今日も材木座には爽やかな風が流れ、
小さな波にロングボーダー達が戯れていた。
 
何十年という月日の向こうに、
見知らぬ老人が材木座に現れることだろう。
人々は彼をシオンチェのジイと呼び、
そして彼のおとぎ話はこの材木座海岸に
微笑ましい風となって響き渡ってゆく。
 
(おしまい)

たらはかにさんの企画
#毎週ショートショートnote
参加作品です。

シオンチェ、シオンチェ、シオンチェって一体何でしょうか?目を瞑ってその言葉を繰り返していたら、材木座海岸を一人で歩く彼が見えてきましたよ。シオンチェジイのお伽話!聞いてみたいな夏の早朝の材木座海岸で!