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雑記:赤い推し菌

昔々,微生物検査技師が集まると,自己紹介を兼ねて「好きな菌は?」などと訊かれたものだったそうな.好きな菌ってなんやねん,そんなもんないわい!と思っていたが,微生物検査技師たるもの『推し菌』の一つや二つ持つものらしい.ほんまかいな.

私はそもそも微生物検査が得意ではなく,従事して十数年経った今も培地と菌の見た目にしか興味が無い.薬剤耐性機序なんていう難しいものは専門家に任せておけばいいのだ,と思っている他力本願野郎である.微生物検査に配属されたのも色々事情があってのことで,得意だから・好きだから,という理由ではなかった.

しかし,嫌々コロニーを突っついていたある日.

普段は地味で優しそうなSerratia marcescensが,BTBの端っこで赤色色素(プロジギオシン)をがんがん出しているのを見て胸を撃ち抜かれ,彼は私の『推し菌』となった.
まぁギャップ萌え,というやつである.

Serratia marcescensの存在感

Serratia,というのはイタリアの物理学者・Serafino Serratiの名前が由来.
LPSN:https://lpsn.dsmz.de/species/serratia-marcescens

プロジギオシンとはピロール系の赤色色素である.抗菌活性や抗真菌活性を持つ.陰性菌よりも陽性菌に対してより優れた作用を示すが,その作用機序はまだ解明されていない.
細菌の産生する色素と言うと,カロテノイド色素が最もよく知られているだろうか.この色素は抗酸化活性を有しており,それによって細胞を守っている.ちょっとアンドロイドぽい名前で中二心を擽る.

要は,菌の産生する色素は(代謝産物ではあれど)美しく,なおかつ自身の身を守る意味もあるのだ.綺麗なバラにはとげがある,的な.バラの色素は知らん.

色素産生株は全体の約10%と記載されていることが多い.しかし,実際出会う確率はもっと少ないように思う.特に最近は見る機会が減ってしまった.
もし出会うことがあれば,是非写真を残して欲しい.

赤いセラチア 略して赤セラ,と呼ぶ


微生物検査に従事する理由は皆それぞれだろうが,『推し』を作ってみるといいのかも知れない.『推し菌』がいると,日々の検査が少し楽しくなるんじゃないかな,と勝手に思っている.
まぁ,菌以外でも,例えば『推し白金耳』などでもいいのだが.

菌との出会いは一期一会であり,次があるかはわからない.
『推し』との邂逅を,どうか大切に.

Prodigiosin: a promising biomolecule with many potential biomedical applications
Islan GA. et al. Bioengineered. 2022; 13(6): 14227–14258.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9342244/