物書きの音。vol.13「はちみつ」

物書きの音。
2020年の4月に書いたものです。
Googleドキュメントに眠っていたものを、投稿してみます。


「はちみつ」

はちみつが好きなことが共通点で、どんなはちみつでもいいのとこだわりのはちみつが食べたいのが僕たちの違いだった。
食の趣味があうのは相性がいい証拠だといつしか聞いたような気がする。
そんなのどうでもいいのにとあなたは言って少し苛立っているようにも見えたけれど、言葉で言われないとわからない僕はそのままにしておいた。

いつもの店でパンケーキを食べながら、あなたは絵本の話をしてくれた。
「トラが木の周りをぐるぐる回って、最後にはバターになって、それでホットケーキを食べる話」だといっていたと思う。
小さい頃に絵本に馴染みのなかった僕はなんの話をされているのかもさっぱりわからず、ただただはちみつをかけたパンケーキを咀嚼していた。
絵本の話よりもはちみつの味を堪能するほうが、今は重要なことのような気がして、あなたが絵本の世界にいるように、僕ははちみつの世界に身を置きたいと思った。

本当ははちみつはあまり好きではないのだけれど、あの人が好きだというのでよく食べるようになった。もう会うことはないあの人。
どこか冷めてしまったような気持ちをはちみつの甘さで誤魔化していたわたしの心は、もう麻痺していたのかもしれない。
目の前にいるあなたは、はちみつがたっぷりかかったパンケーキを頬張っていてどこか別の世界にいってしまっているみたいだった。
そんなときわたしはもう会うことはないあの人のことを考える。バターになって溶けてしまったトラみたいな人。

いつもあなたははちみつにまつわる話をしてくれて、そんなに好きなのかと内心驚いていた。
「はちみつって、大人には健康にいいって言うけれど、赤ちゃんにとっては毒なんだって」とあなたは言った。
はちみつを食べるときは無口になる僕に、あなたははちみつの話で言葉を重ねていった。

どこか気を紛らわせたくていつも言葉を重ねていたような気がする。
はちみつにひたされたような息苦しさを感じながら、言葉にしたがるあなたの言葉を遮るように届かない言葉を届けようとしていた。

相手を思いやれるほど成長していなかった僕らは、はちみつを食べ続けた赤ちゃんみたいだった。
少しずつ少しずつ、気づかないうちにいつしか毒が回ってしまったのだろう。
核心に迫らずに正当化し続けて、食べることをやめなかったのは、僕たちの関係に似ている気がした。

他愛もない会話の中にヒントはたくさん隠れていて、思い出すのはそんなふとした瞬間ばかりだ。

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