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【エッセイ】7月の亀島一徳「IKEAの魔法は俺が解く」非合理主義者としての亀島一徳

7月…うだるような暑さの中で、筆者と亀島は引越し地獄に落ちていた。何故、こんな時期に引っ越そうなどと思ってしまったんだろう。詰めても詰めても終わらない自宅での作業は本当に頭がおかしくなりそうで、絶望しかなかった。そんな中での唯一の光は「IKEAでの買い物 」で、あのピカピカの巨大家具屋に行って新居に置く可愛いあれこれを買えると思えば、ホコリで霞む目も生き生きと輝く。地獄の引越し作業に耐え抜いてようやく辿り着いた7月某日、筆者と亀島は遂に「IKEA」に辿り着いたのである。

筆者は中学生の頃に、両親とIKEAを訪れたことがある。自分で買えるものなんてほとんどなかったが、それでもあの場所の馬鹿デカさや、ほかでは見つけにくいカラフルさ、何より不思議なくらい美味しいホットドッグに胸を高鳴らせたことを覚えている。一方亀島はほとんど初めてのIKEAだったようで、駐車場に着いた時点から「でけ〜」「ひれ〜」を繰り返していた。大人の語彙力を小坊に還す圧倒的な力が、IKEAにはある。私はIKEAのそういうパワープレイも好きだった。

いざ出陣。巨大なカートを持ってフロアを歩くと、何もかもが、新居に必要なように思えてくる。「こういうのがあるといいよね!」と意味のわからないカゴを亀島に見せると「っぇぅ」と小さく唸った。あんまり好みじゃなかったかな?と思い、今度は謎の草で編まれた箱を見せる。「こういうのに収納すれば、可愛くない?」亀島はシューと息を漏らした。蛇後で返事をしたのかな?と思いながら店の中をどんどん歩く。亀島は終始IKEAに圧倒されているようで「凄いな」「何個あるんだ?」「ソファいいよなぁ」などと言いながら順路に従い続ける。筆者たちが歩みを止めたのはイス売り場だった。事前に測っておいた新居の机のサイズと、目に留まったイスのサイズを比べてみる。可愛い椅子は沢山あるけれど、なかなか良いバランスの椅子が見つからない。難しいねと悩んでいるうちにトイレに行きたくなってきた。
「ちょっとトイレ行ってくるから、一番お気に入りの椅子に座って待ってて!」
「一番楽しい待ち方じゃん!」
筆者は最果てのトイレに向かう。さて、亀島はどんな椅子に腰掛けているだろう。ワクワクしながら売り場に戻ると、亀島はベンチとソファのセットに腰掛けていた。大胆な奴め。椅子を買おうって言ってるのにやっぱりソファが良くなったのか?ちょっと予算はオーバーだけど、あなたが望むなら買っちゃう?ニヤニヤしながら声をかける。
「なに〜ソファがいい〜?」
「いや、う〜んじゃなくて…」
は?違うの?ならなんでこれに座ってるの?これが気に入ってないなら立ってろよと思うけれどさすがにそんなことは言わない。
「どしたの?」
「椅子さ、いっぱい測ったんだよ。そしたら、全部座面が33センチの高さにある」
「…え?」
「全部。色んな見た目をしているけど、全部同じだよこれ。完璧に管理されている」
亀島の目は真っ黒だった。赤ちゃんよりも黒目が大きくなってしまっている。これは危険信号。IKEAの何かが、彼を圧迫しているのだ。
「机の高さも全部一緒。ここは、全部一緒なんだなあ」

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