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オールドファッションが教えてくれた

物語の始まりは、いつも何気ない会話から。

僕はパンクロックが好きなことは誰にも言っていない。
そして、甘いドーナツが好きなことも。
そんなことを人に言う必要もないと思っていた。

高校生の頃、思春期真っ只中で、セックス・ピストルズが死ぬほど好きだなんて、言葉に出来なかった。

僕は生徒会の集まりを終えて、教室に戻った。
この時間帯はいつもだれもいない教室。
「世の中なんてクソッタレだ」なんて意味の英語の歌詞を黒板にツラツラと書いていた。

「それ、知ってる」
いきなり後ろから笑われたので、僕はびっくりして教壇から落ちそうになった。
振り返えると、2年のクラス替えから1度も話した事ないSさん。
才色兼備を絵に描いたようなクラスのマドンナだ。
「それセックス・ピストルズでしょ。シドって最高よね!」
ベースのシドの生い立ちを全部わかっていると自負している僕にとって、それを彼女が最高と言ってしまうことに驚いてしまった。

Sさんがお昼に食べられなかったからと、オールドファッションを半分くれた。
パンクロックだけじゃなく好きなドーナツをマドンナから貰うという本当に不思議な時間を過ごした。

彼女のパンクロックが好きなことは裏の顔なのか。
いつものみんなに優しい優等生が表の顔なのか。
本当の彼女、そして本当の僕はなんなのだろう。
表、裏?

半分ずつ食べたオールドファッション。
油の中でひっくり返した時に、表面の生地はまだ柔らかくて、中から出てくるガスが飛び出て特徴的な割れ目が出来るそうだ。
そう、オールドファッションは、割れている方が表面なのだ。
「世の中クソッタレ。」
自分の心の中から飛び出すコトバ。
これが自分だ。
好きなことを隠す人生なんて、まっぴらだ。

彼女がくれたオールドファッションが、“心からの言葉が 本当も嘘もない僕の答え”なんだと教えてくれた。
結婚して20年、彼女との物語の始まりは、何気ない会話から。

ありがとう、ミスタードーナツ。

折り返しの人生を少しでも素敵に。 アップルコブラーというスイーツが好きです! それを手に入れるためのものも好きです。。。