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彼女のハニーチュロ

「ハニーチュロの形ってホント可愛いよね」
僕は「そうだね」と、気のない返事をした。
いつもは楽しく会話しているのに、その日はそんな態度をとってしまった。

僕より先に彼女の進学が地元から400キロ離れた大学に決まった。
看護師になりたいと猛勉強していた彼女にとって、それは夢が叶う一歩。
すごく嬉しかったけれど、地元の大学を希望している僕にとって、彼女のその一歩は、僕から離れていくすごく大きな一歩だと感じていた。

放課後のミスドで僕は毎回もがいていた。
「地元にも看護学校はいくつもあるよ」と、話してみても、離れるのは嫌だというだけの僕の勝手な言い分は、彼女のお気に入りのハニーチュロのカタチの可愛さのアピールにいつもかき消されていた。

「ハニーチュロって、もっと丸いほうが可愛いかも」
僕のハニーチュロも奪って、2個繋げて
「私の描くハートに似てない?」と、笑っている。

彼女が毎日くれるルーズリーフの手紙に書いてあるハートは、少し変わっていた。
普通のハートマークではなく、ハートの先端が尖っていた。
LINEやメールがないあの時代、手書きの文字には“温かみ”があった気がする。
僕はそのハートのカタチが、僕にだけの特別感があって好きだった。

僕も希望していた地元の大学に無事に合格が決まった2月。
久しぶりに彼女とミスドで会った。
何を話したかは覚えていないけれど、大好きなハニーチュロがショーケースに並んでいなかったことだけは覚えている。

ミスドからの帰り道。いつの間にか雪が積もっていた。
僕と彼女の雪を踏む靴音は、離れる寂しさを刻んでいるようだった。

いつも彼女を見送るバス停で、黙って手を振って本当の別れを告げた。
路線バスは、雪のための渋滞でなかなか発車しない。
白く曇ったバスの窓に、ハニーチュロのハートマークが浮かびあがった。
彼女が指で描いたハートマークは、すぐに消えてしまったけれど、30年たった今も、僕の心に残っている。


折り返しの人生を少しでも素敵に。 アップルコブラーというスイーツが好きです! それを手に入れるためのものも好きです。。。