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これはまるで未来の日本の話かもしれないーーーラジ・リ監督の『レ・ミゼラブル』を観る前の事前知識

今回も映画を一番楽しむための事前知識をまとめていきます。今回は2/28公開の『レ・ミゼラブル』について。

『レ・ミゼラブル』といえば、過去に何度も映像化されている彼の傑作を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。特にヒュー・ジャックマンが出演したミュージカル。

とはいえ、今回お話しするラジ・リ監督のそれは、あの傑作の映画化ではありません

『レ・ミゼラブル』と言う言葉を分解してみると、そもそも「ミゼラブル」という言葉は、惨めなことを指す単語です。

miserable・惨めで不幸なさま。(出典 : コトバンク

Les・miserable。Lesは定冠詞で、theのようなものです。つまり、直訳すると、(この言葉を聞いて思い浮かべることができるほど、特異的な)不幸な出来事ーーー、というのが、このタイトルの意味なのです。

1.ラジ・リ監督による『レ・ミゼラブル』について

監督・脚本 : ラジ・リ

ステファン役 : Damien Bonnard(『ダンケルク』など)

クリス役 : Alexis Manenti(『ザ・ミスト』など)

グワダ役 : Djebril Zonga(モデルをメインに、映画プロデュースや役者を行う。)

警察署長役 : Jeanne Balibar(『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』など)

ラジ・リ監督にとって、本作が初めての長編映画である。本作の舞台となるモンフェルメイユ出身で、周辺地域での問題にフォーカスした映画(ドキュメンタリーとも言えるような)を撮り続けてきた。過去作も社会的メッセージが高いような作品ばかり。

A Voix Haute(machi訳 / 声を上げろ)

365 days in Mali(machi訳 / マリ共和国の毎日)

2.モンフェルメイユという地

モンフェルメイユ。かつて『レ・ミゼラブル』の舞台となった地。その19世紀に思いを寄せる人はいても、現代のモンフェルメイユを知る人は多くはない。

だが、この地では、あの頃のようにーーー、いやそれ以上にmiserableな出来事が起きているのである。

場所で言うとパリから程遠くないところに位置するモンフェルメイユ。観光資源があるわけでもなく、語られるとしたら「レミゼの土地」くらいである。ゆかりの地巡りをする人がまばらにいるくらいか。

とはいえ、モンフェルメイユはフランス一の大都市・パリの郊外。それなりに人は住んでいる。治安は激悪で、立ち並ぶ住宅は低所得者用住宅であるが。

3.フランスと移民

そもそも、フランスの貧困問題はモンフェルメイユに限った話ではない。「バンリュー」と言う言葉がある。これは、元となるのは「パリ郊外」と言う意味だが、その中でも、移民が多い貧民地区を指すことが多い言葉である。そんな言葉が定着するほどに、モンフェルメイユを含むこの地域は度々問題視されてきた。まるでスラムである。

そもそも、どうしてこんなにも問題になっているのかと言うと、フランスは、移民を大量に受け入れてきたからである。その歴史的経緯を少し説明しよう。

①【WW1】により、人口が少なくなった。
②【戦間期】移民を受け入れに積極化する。
③【WW2】以降、さらに人口が少なくなる。フランス史上最大の経済成長期である、「栄光の 30 年」が起こり、安価な労働力が大量に必要になる。
④【1945〜1975年】スペインやポルトガルから大量の移民を受け入れる。※ここではまだ単身赴任状態で、男一人が移ってくる感じ。出稼ぎ。
⑤【1974年以降】第一次オイルショックをきっかけに、移民受け入れを閉じる。一方で、出稼ぎで一人やってきた人々の家族は受け入れる。 「家族再会法」など。

つまり、一時の経済成長のために、移民を大量に国内に入れてしまったのだ(アホやんけ!と思うかもしれないが、まさに日本も瀬戸際なのである)。しかし、移民を迎え入れることは、治安を引き換えにすることでもある。

移民は安価で手軽な労働力である。つまり、この「バンリュー」に住む移民たちは、低賃金で熾烈な労働を強いられていた人々だ差別もあった

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(その様子は、たびたび映像化されている。)

「パリに入るにはビザと伝染病の予防接種済の証明書がいる」。バンリューの住民が、冗談めかして言う言葉がある。自分たちが住む土地は、伝染病が流行る不衛生で不潔な土地だと思われていると言うことだ。

経済的にも不安定だ。バンリューに住む住民の半分以上は貧困ライン以下だともされている。そもそも、「バンリューに住んでいる」と言うだけで、就職を拒否されることもある。福祉関係の給付申請ですら、パリの私書箱宛にした方が良いと言われる始末。名前をフランス風にしてみたり、振る舞いを変えてみてても、住所がバンリューであること、それだけでダメなのだ。こんなに理不尽なことがあるだろうか。書いてて腹が立ってくるレベルである。

そうして、クリーンな収入が途絶えた若者たちは、犯罪に走るしかない。生きるためにはそれしかないのである。ドラッグや強盗。日本でも、一度犯罪を犯したら雇用してくれる会社がなく、再び犯罪に手を染めるしかないと言う問題は時折話にのぼるだろう。しかし、バンリューの若者は、一度も犯罪を犯す前から、明るい道が途絶えているのだ。多発する犯罪に、それを抑圧しようとする警察の溝は、もう生半可なものでは埋まらない

4.2005年パリ郊外暴動事件

こうして、抑圧されてきた移民たちは、2005年10月27日に爆発する。2005年パリ郊外暴動事件と呼ばれる暴動で、クリシー=ス=ボワ(モンフェルメイユの近く)で起こった。

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強盗から逃げ出した若者2人が、逃げ込んだ変電所で感電死したことが発端となり、「バンリュー」の若者VS警察・消防などの公民と言う構図で、大規模な暴動にまで成長した。騒ぎは3週間ものあいだ続き、逮捕者は3000人近くまで登った。警官も200人ほど負傷者がでた。

マルセイユでは、この暴動に対応する形で、難民を支援するデモ隊と警官隊が衝突。4人が逮捕された。

移民と警察の亀裂は深まり、緊張は高まるばかり。一方が圧倒的な力で持って、差別された人々を抑圧すると何が起きるのかは、既にスパイク・リー監督の『ドゥ・ザ・ライト・シング』でも描かれている。

そして2018年。『レ・ミゼラブル』の物語へと繋がっていくのだった

5.関連映画

・『憎しみ』(1955、マチュー・カソヴィッツ監督)

・『サンバ』(2014、エリック・トレダノ、オリビエ・ナカシュ監督)

・『バンリューの兄弟』(Netflix配信作品、ケリー・ジェイムズ監督)


余談ではあるが、現在の日本も、移民政策を取るか取らないか議論されている。これはフランスの現在の話だと高を括るのではなく、是非自分ごととしてみて欲しい映画である。

他にもいろいろ書いてます。


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