馬焚主

ポンタとTカード、出す場面をいつも間違える

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最近の記事

水族館で魚みてろ

 師走の風が吹き荒ぶ街は、あちこちイルミネーションで彩られ、飾られている。昼間はさほど目立たないが、それでもキラキラした装飾を見ると少しだけ心は温まるような気がする。  ——そんな街を、足早に歩く男が一人いた。男はクリスマス当日である今日、水族館に行くことにしていた。  とはいえ、彼は格別に魚が好きなわけではない。  知識も然程ないし、ましてや『ギョギョギョ!』などと言う口癖もない。フグの被り物もしていない。  食する分には肉より魚が好きなのだけれど、見る分にはそれほどどちら

    • 夏の空、かき氷色

      『縁日に行こう?』 恋人からそうメッセージが来たのはつい昨晩のことだ。 人混みは好きじゃないし、折角の休日はゆっくりゲームでもしていようと思っていたので断ろうと返事を打つ。 『いや、あんまり気乗りしないんだけど……』 ポン、と小気味良い音を立ててメッセージを送信すると、すぐに既読が付き返信が来る。 『ふーん?そういうこと言っちゃう?〇〇が来てくれないなら誰か別の人誘おうかな』 文字を見ただけでも、彼女のあの悪戯っぽい笑みが思い浮かんでくる。 『嘘だよ、ついていく

      • 朝はまだ来ない

         ——〇〇は、とある女の子と付き合っていた。  1年ほど前に告白され、特別に想いを寄せていた訳ではなかったけれど、当時付き合っていた彼女もいなかったのでOKした。  休日は買い物に出かけたり、スイーツバイキングに行ったりもした。周り同様、それなりの彼氏彼女だったように思う。  そして、ひと月ほど前——まだ肌寒くコートが手放せない時期のことだった。  彼はとある研究会に参加すべく、二泊三日で某地方へ行くことになった。折角、大学に入ったのだからと学問に励んでいた彼は、多少休日を

        • 淋しいふたり

           冬という季節は、どことなく透き通っていて、清廉潔白な感じがする。実際、冬は水蒸気や塵が夏に比べて少ないらしい。だからそう感じるのだと、最近知った。  ただ、そういう理屈っぽい話ではなく、もっと感覚的な所でそう思っていた〇〇には、その説明はあまりピンとこなかった。  それを誰かに言ったこともない。彼だけの、少しだけ大切な感覚。  寒さが弛緩した気分を引き締めるのも、痛いくらいに冷たい空気を吸って、白い息を吐くのも——まるで自分の中に綺麗なものを取り込んでいるようで、〇〇には

        水族館で魚みてろ

          溺愛

           一日中鈍色だった空は、日が暮れると満を持したように雨が降り始めた。その中を、ゆっくりと進むビニール傘が一つ。  傘の中には足取りの重い、若い学生の姿があった。彼は現在、気の進まぬ約束を果たすべく目的地へと向かっている道中である。  生来の薄志弱行である彼——〇〇は、同輩の頼みを無碍に出来なかった。「気が進まぬ」と断ろうとしたのだが「是が非でも」と言われて仕舞えば何も言えない——そういう性分であった。 さておき、彼が無碍に出来なかった誘いとは、何のことはない『合コン』である

          保留

           講義の終わった教室の片隅で、楽しそうにお喋りする学生の輪ができていた。  洩れ聞こえて来た会話の内容から推察するに、どうも『今からカラオケに行こう』とか、話しているらしい。  『受動的、かつ不活発』に輪をかけて、その上にその輪を何重にも囲ったような性格の〇〇にとって、そういった大学生活を謳歌する者達の会話は、普段ならばあまり気にはならない些事なのだけれど、今日のそれは少し違った。  ——〇〇が気にしている女子が、その会話の中に入っていたからである。  その女子は、名を賀

          元彼女

           どうやら自分は未練がましい、随分と女々しい人間なのだな、と男は思った。  彼には特別に自虐趣味があるとか、そういうわけではなかった。従って『自家発電』的に快楽を得ようとそんな思考を働かせたわけではない。  ではなぜそんなことを思ったかといえば、新幹線で地元へと戻る間、ずっと元彼女のことを思い出していたからである。  ——その彼女とは、東京の大学に進学が決まった時には別れようと決めていた。  遠距離恋愛など、ものぐさな自分にはできないだろうし、相手にも真摯に向き合えないであ

          元彼女

          寒月

          「——月が綺麗だな」  深い意味なく呟いた言葉だったのだけれど、かつて近代日本の文豪がある言葉をそう翻訳したという逸話を思い出して、男は僅かに苦笑する。 「月とか星とか綺麗に見えるよね、冬は」  男の心中を知ってか知らずか——恐らく後者であるが、女が微笑んだ。  優しい微笑みを、素直に綺麗だと男は思った。  夕焼けの橙色はいつのまにか地平線のそばに追いやられ、上空には濃紺の帳が下りている。  煌々と輝く月が、小高い丘の上の公園に立つふたりを照らしていた。 「——あの子にチ

          潔癖

           師走、すっかり空気は冷え込み乾いた風の吹く街の中。 「この背広も、しばらく着ないんだろうなぁ」  平日昼間、公園のブランコに座った男はそう独りごちた。  男はスーツの上にトレンチコートを着て、腕時計を右手首に巻き、髪はワックスでセットしていた。それなりの一般的サラリーマン青年を思い浮かべて貰えば、だいたいそんな感じである。  ——時計を右手に巻くのは男の癖であった。中学生の時分、親から「右利きの人は左手に巻くと邪魔にならなくて良い」と聞いた男は、「なんだそんなもの、邪魔な

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          “ Shall I compare thee to a summer's day? ”           『ソネット 第18番』より  ——夏の湿気った空気を、大きな破裂音が駆け巡った。  公園を通りかかったときに鳴ったその破裂音を、僕は最初、銃声か何かだと思った。だらしなく間延びした夏を切り裂く非日常——かに思われたのだけれど、それは単に風船の割れた音であった。  気がつけばうだるような暑さが身体を包んでいるし、いつもの『夏』同様に、じっとりと汗ばんだ服が肌にへばり

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          彗星の夜に

           それは感傷的な夜だった。夏が終わりかけていて、多少は過ごしやすくなった季節の夜。    〇〇は1人、繁華街を歩いていた。珍しいことではなかったけれど、遊び慣れている訳でもない人間にとって、こういった通りを歩くのは毎度少し緊張した。 「おにーさん!一緒に飲もーよ!」  声と共に右腕に寄り掛かられて驚く。見れば、派手な金髪の、華美な服装の背の低い女性が腕を掴んでいた。多少の潔癖の気がある〇〇には、寄り掛かられた右手の感覚が厭だった。  こんな知り合いはいないので、多分キャッチ

          彗星の夜に

          曖昧な愛

           目の前に寿司の乗っていたプラスチック製の皿が積み重なっていくのを、私は間抜けヅラを惜し気もなく晒しながら眺めていた。  私の間抜けヅラをそんじょそこらの間抜けヅラと一緒くたにしてはいけない。私は生来20と1年、間抜けヅラから『間』を抜く事にかけては弛まぬ努力を続けてきた。つまるところ私の間抜けヅラは世間一般のそれとは一線を画す、正真正銘、世界大会レベルの間抜けヅラなのである。  さて、私がそんな研鑽を重ねた間抜けヅラを披露するに至る経緯を解説するには、目の前のプラスチック製

          曖昧な愛