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公用語の1つではあるけれど…現在のマカオにおけるポルトガル語のポジションは?

今回は、マカオの言語事情について、ポルトガル語を学んだ者としての現地で暮らした実感を述べたいと思います。

筆者は上智大学外国語学部ポルトガル語学科を卒業しました。上智の外語といえば、「駅前留学」などと揶揄されることもありますが(キャンパスが四ツ谷駅目の前)、実際には語学一辺倒ではなく、その言語が使われている地域の研究(社会・文化・政治・経済・歴史)にも重点が置かれているのが特色で、卒業証書の学位名も「外国研究」となっていたように記憶しています。帰国子女ではなく、日本で生まれ育った私にとって、ここでの学びは新たな視点を獲得する貴重な機会になりました。

では、本題に入りましょう。かつてポルトガルの統治下にあったマカオでは、中国に返還された後の現在でも、ポルトガル語が公用語の1つとなっており、ポルトガル語圏として数えられることもあるわけですが、実際には日常生活を送る中でポルトガル語を必要とすることはほぼありません。

近年、英語が第三の公用語のようなポジションとなっており、生活と密着した役所や銀行、郵便局、通信キャリアの窓口等々でも、オフィシャルに英語対応が進んでいます。私が日々の取材活動をする中でも、政府部門、民間ともプレス対応は中国語と英語が主となっています。マカオにおける中国語は、話し言葉が広東語、書き言葉が繁体字で、香港と同じです。

学校教育の現場でも、すでにポルトガル語は必須ではなくなっています。マカオローカルにはポルトガルのパスポートやシチズンカードを持っている方も多いのですが、私がこれまでお目にかかった中では、ポルトガル語を全く話せないという方がほとんどで、ポルトガルへ行ったことすらないという方もいるほどでした。

中国への返還が決まった後の世代に関しては、全くポルトガル語を勉強させられなかったとのこと。ポルトガル語の授業自体はあったものの、ほぼ寝る時間だったそうです(苦笑)。

返還から20年を経た今、マカオの教育現場でも、ポルトガル語に代わって英語がメインの外国語として取り扱われています。もちろん、ポルトガル語を選択科目とする学校やポルトガル語による教育を主とする学校も残っていますが、いずれもかなり少数派です。

一方で、ポルトガル語を再評価する動きがあるのにも注目です。マカオを含むポルトガル語圏の国や地域には、ポルトガルをベースにした法律、経済体系も多く残ることから、中国におけるポルトガル語圏諸国との窓口役を期待されるようになっているためです。

2004年、中国・ポルトガル語圏諸国経済貿易協力フォーラムという国際組織が設立されました。中国、アンゴラ、ブラジル、カーボベルデ、ギニアビサウ、モザンビーク、ポルトガル、東チモールが加盟し、本部はマカオに置かれています。昨今、このフォーラムの存在感が年々大きくなってきているように感じています。貿易・投資といった分野に関するトピックだけではなく、カジノ誘致を検討しているアンゴラ、カーボベルデ、モザンビークに対して、マカオ政府がカジノ監理や税制などに関するノウハウ提供も行うなど、興味深い取り組みも存在します。マカオのカジノは約150年前のポルトガル統治時代に合法化(法規制)されましたが、時を超えて、ポルトガル本国からではなく、マカオからアフリカの旧植民地に渡るのは興味深いことです。

ポルトガル語教育が下火になったといっても、公用語であることに変わりはありません。マカオの街なかにはポルトガル語の看板がたくさんありますし、地上波でポルトガル語のチャンネルも存在します。

また、スーパーに行けば、ポルトガルの食材が豊富に揃います。長年染み付いた食生活というのは、なかなか変えられないのかもしれません。昔ながらのものだけでなく、新商品もどんどん入ってきており、ポルトガルとしても、マカオをショーケースにして、どんどん中国へ売り込みたいという思惑が見てとれます。

マカオが中国に返還されたのは1999年のこと。20年以上が経過し、筆者はその半分以上をマカオで過ごしましたが、中国のプレゼンスはどんどん大きくなる一方と感じます。それは単に国としての中国という意味合いだけでなく、ヒト・モノ・カネ、ハード&ソフトなど、あらゆる中国的なものを含めてです。すでに中国及び中国的なものが「主流」といっても過言ではないでしょう。香港と比較しても、その影響はより顕著です。

ただし、ポルトガルによるマカオ統治は450年も続き、ポルトガルの常識をベースに街づくりが進められてきました。ここに暮らす人々は、いわばポルトガル人の末裔と捉えることもでき、「チャイニーズ」ではあっても、いわゆる中国人とは異なるパーソナリティ、アイデンティティを持っています。よって、マカオを深く理解し、しっかりと根付いて暮らすには、やはりポルトガル的な発想は欠かせないように感じます。

さらに、まだまだマカオのエスタブリッシュメント階層には、ポルトガル系、ポルトガルで学んだ経験を持つローカルの方が多く存在し、マカオ社会における一定の影響力を維持しています。

とはいえ、今後を見据えた場合、中国及び中国的なものに対する理解も不可欠といえるでしょう。マカオにも日本人が少なからず暮らしていますが、私のようなポルトガル組は少数派で、中国本土の大学に留学していたとか、中国勤務経験があるなど、中国をバックグラウンドとしている方が多いように思います。筆者もようやく重い腰を上げ、中国語(北京語)のレッスンに通うようになりました。地域研究についても追々スタートしたいと思っています。

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