社長と平社員、その対話と結末

「私が今までにもらったプレゼントの中でいちばん印象に残っているものといえば、人生ですね」
「え、人生ですか? ははあ。それはいったいどういった意味で……」
「どんな人間にも必ず創造主たる父と母がいるでしょう。愛されて育つ子、憎まれて育つ子、世にはいろいろいますが、ともかく、宇宙のように何もないところからいきなり飛び出してくる人間はいない」
「はあ、それはそうですね」
「つまりですね、どんな生に関しても、それを授けた贈り主がいるということなんです。私たちは命というプレゼントを受け取った上でこうして現在を生きているんですよ!」

 そういってさかなちゃん社長はハート型眼鏡の奥をきらりと光らせた。さかなといっても実際には人間だし、人間だとはいっても実際には脳内の存在なので、あまり厚みはない。
 周囲に押し付けられて急にインタビュアー役を任されることになったうだつの上がらない平社員・さかなは、何か騙されているような気持ちになりながらも社長の気迫に押されてぎこちなく首を縦に動かした。社長の論に則って考えた場合、さかな自身の人生、そしてそれらを下支えしている心と体もまた、両親によって授けられた尊いプレゼントのひとつに違いないのだが、こうして社のトップという絶対的権力者の前に立つととてもそれが人からもらったものとは思えなくなる。さかなにとっての人生は、自分で自由にいじくりまわして壊れるまで遊んだり、逆に、大切なとき以外箱にしまってそっとしておけるような類のものではなかった。この生は、この体はあまりにも社会が押し付けてくる規範に縛られ過ぎている!
 しかしそんな実感を強いられるのはよくあることなので、さかなはさほどショックを受けなかった。拒否反応も特にない。ただ耐えられる程度の緊張感があって、それが脈打つ心臓につけられた無数のひっかき傷のように感じられはした。だがこんなものはインタビューが終わり、家に帰るころにはすっかり消え去っているに違いない。

「大事なことはもう一つあります。両親からもらった生、それが私にとって第一の贈り物だとしますね。するとその次、第二の贈り物というのがある。それをくれた人物は……誰かわかりますか?」

 さかなが一生懸命メモを取っている姿にも目を向けず、さかなちゃん社長は恍惚としたような表情で天を仰いだ。人生訓を語る気持ちよさに酔いしれているのか、ほんのりと顔が赤い。

「誰でしょうね、えっと……」

 どうでもいいと思っていることを悟られないように気遣いながら、さかなはオドオド、モゴモゴと口を動かした。
 どうせ社長は相手の回答など聞いていないのだ。たまたま正解したところで軽く流され、一平社員・さかなへの評価が上がることなど絶対にないし、それどころかむしろいちばん肝心な決め台詞を奪ったと反感を買いかねない。ここでは聞いてるふり、考えているふりをして相手の出方を待つのがいちばんいい選択だった。互いに理解を望まない会話!無益だけれど、やはりこれも世に溢れすぎている……。

「それはね、きみ、若いきみにはわからないかもしれないけれど、パートナーのことだよ」
「なるほど、ご主人様のことでしたか」
「そう、彼は実にたくさんの選択肢を私に気づかせてくれました。私は彼に出会うまで、楽しくもない仕事を自分に押し付けて、本当に大切にしなきゃいけないことや夢をないがしろにしてばかりいた……」
「そうじゃないということを教えてくれたのが今のご主人様というわけですね」

 素晴らしいです、ぼくの人生とは関係ないけど。さかなは心のなかで独り言ちた。しかし次の瞬間、彼は思いがけず社長の目がこちらに向く瞬間を目撃する。

「だからさかなくん、きみも早くこの仕事を辞めるんだ」
「え?」

 さかなは耳を疑った。だが社長は相変わらず真っすぐこちらの目を覗き込んでくる。こんなことは今までになかった。どうしていいのかわからずさかなは逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。

「仕事を辞めろ!」
「そ、そんな……クビってことですか?」
「クビなんてもんじゃない! 人生を変えろと言ってるんだよ! きみももっとほかの選択肢があることを知るんだ。もっと居心地のいい環境を模索しろ! その努力を怠るのはプレゼントを粗末に扱っているのと同義だ! オリャー!」

 オリャーと叫ぶとさかなちゃん社長は勢いよく立ち上がり、それまで座っていた椅子を投げるようにはっ倒した。突然の錯乱。さかなも思わずその場から飛び上がる。そうして改めて辺りを見回してみるといつの間にか部屋の輪郭がぐにゃぐにゃに歪んで壁と自分の体の境目が溶け消えそうになっていた。顔面蒼白のさかなが慌てて部屋の扉に飛びつく。
 そのドアノブの鍵穴によって平社員・さかなが現実に吸い込まれていく直前、社長が言った。

「せめて自分自身とぐらい、対等に話せる環境にいなさい。誰かと瞳が噛み合う瞬間にしか人生はないよ」

 こうして分裂したすべての意識を統合した結果、私は人生五度目の退職を決断することになったのだった。終わり。

この記事は文学サークルお茶代(https://note.com/waganugeru/m/m91c767baaec0)の2023年2月ジユー課題『あなたがこれまでもらった中で印象に残っているプレゼントについて書け。 or “プレゼント”という概念について思うところでもOK!』に挑戦して書いたフィクション小説です。つきましては脱輪さん及び全国各地の水瓶座のみなさん、お誕生日おめでとうございます。

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