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使えない電話を使う時

1984年に〝世田谷局ケーブル火災〟という
事故がありました
電話回線の増設工事中の火災です
私が二十歳の頃
渋谷にある専門学校に通っていた頃で
携帯電話なんて誰も持っていない時代でした
固定電話と銀行のATMが使えなくなりました
詳細は覚えていないけれど
駅前等に臨時で無料で使える電話機が並び
たくさんの人が並んで電話をかけていました

その時に二十歳の私がした事は
その無料で使える電話機で
高校時代の友人に電話をかけました
東京と愛媛です
普通なら電話代がかなりかかる距離
でも日中だったので不在だったと思います

そして実家暮らしだった私は
親に連絡せずに外泊して遊んで
翌日に帰りました
〝だって電話が通じなかったから〜〟と
母は心配性なので
ものすごく怒られました
家に入れてもらえないかと思った……

我が家はau利用なので
今回の通信障害で電話が使えなくなりました
でも電話を使うのはほとんど仕事の時
主人に急ぎで連絡する時と
役所等からの連絡ぐらいです
それらもめったにありません
おまけに土日だったので
私自身としては
全く不自由はありませんでした
主人は主人で嫌いな電話が鳴らなくて
喜んでいました

事が起こった時に
どっちを向いてどう行動するか…
人それぞれです


週明けに配達に来てくれた材料屋さんと
〝昔は携帯電話なんてなかったのにね〟
〝ポケベル時代は近くに公衆電話がなくて…
なんて言い訳したりしてたのにね〟
と大笑いしていました

………思い出しました
自宅に初めて黒い電話が置かれたのは
私が小学生の頃でした
保育園時代だったかな?

お蕎麦屋さんの出前を頼む時ぐらいしか
使ってなかったはずです
どこにかけるの〜?
どこからかかってくるの〜?
って母にくどくどと聞いていました

まさか電話を四六時中肌身離さずに
持ち歩く時代が来るとはですね


機械に使われ
機械に振り回され
大騒ぎ

人はどこへ行くのかな?


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