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天高く人肥ゆる秋


「愉しみのこころ」(1985年作品)より

 秋。十月に入ると、はやくも、新酒の初走りがでる。これをあらおりというごとく、辛辣で、粗い味で、酒の風味もあまり感じられない。が、初走りの好きな酒徒には、その味も、また、格別なり。
 食欲の秋とわざわざいわなくても、年中、旨いものは、旨い。酒も年中、旨いが、これからが本番。
 海に、甘鯛、飯峭、鯖、鰤、なまこ、青柳、等々、これからが旬。山には、松茸、しめじ、栗、いも、柿、柚、すだち。新そばも、そろそろ。飲食を探検するには、材料豊富。気候よし。鬼でも、鉄砲でも持ってこい、といった気分。

 「しめじと蝦めし」
 松茸もよいが、いかにも高価。宝石のようで、何んだか、食べるには、こころぐるしさがついて回わる。その点、しめじや茸は、別。おおいに、愉しみ、おおいに食べよう。
 しめじは、さっと水洗いして、手で細まかくさいておく。蝦は、駿河湾で獲れる、桜蝦の干物。器に水を入れ、蝦を二、三十分ふやかし、ダシを出す。米は、いつもより水を控え目にし、米一升に醬油一合、酒五勺を加え、しめじと蝦とダシを入れる。炊きあがって、ふたを取ると、ふんわりとした、しめじの香りと蝦の旨味が何ともいえない。「天高く、人肥ゆる秋」になっても知りません。

 「和風ブイヤベース」
 フランスの地中海沿岸にブイヤべースという有名な鍋料理がある。本場のものとは、少し違いますが、海に囲まれた、日本ならではのブイヤベースをやっても、悪くない。
 まず、玉ねぎを一個、長ねぎを一、二本薄く切って、オリーブ油で、ていねいにいためる。その中に水を一升入れ、米を生のまま、ひと握り入れ、一緒に、酒、コップ一杯、ドット。後は、セロリの芯とか、パセリの茎や、ニンニクの押しつぶしたのとか、月桂樹の葉や、グローブ等の香料の束等をほうり込む。もちろん、アナゴの頭とか、鯛の頭やアラ等、ダシの出るものは忘れないように。コショウを適宜、サフランを一つまみ、小さく切って、これも入れ、二、三十分、中火で煮る。塩かげんは、なるべく軽く。淡く。
 土鍋に、よく洗った、アサリや冷凍エビ、薄く塩をしておいた、アナゴや鯛の筒切りを敷き、よくこした、煮込んだスープを全体が沈むぐらいにそそぎ入れる。土鍋に火をつけ、オリーブ油を大さじに二、三杯と八丁味噌を大さじ二杯をとかし入れる。強火で十分から十五分、アサリのからが開き始じめると出来上り。
 スープ皿に、薄切りのモチのカラ揚げを敷き、好みの魚具をスープごとすくって、パセリを散らして食べる。 「旨い!」。

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