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錦の居酒屋

居酒屋と
出合いあり
古色の中に
人あり
空気あり
人生がある


「愉しさ発見」(1986年作品)より

 京都の台所とよばれる錦小路の西、高倉通りの角に、居酒屋、発見。
 友人と二人で、宴会の準備とばかり、錦で酒の肴の材料を買出しに行く。小一時間ばかり、あちこちのぞき、東から西へ。友と目と目が合う。「のどが乾いたなあ」と云った目。ちょうどその時、その前に、古びて、あちこちきれかかった縄のれんが目に飛び込む。二人は、何の抵抗もなく、スーウと縄のれんをくぐる。
 「………」
 「ほっこりしたなあ」
 「ビールにしようか」
 「おゝ」
 「おばさん、ビール!」
 「………」
 目が、厚い眼鏡の奥で、かすかに笑う。手は、素早く冷えたビールの冠を抜き、コップを二人の前に。
 二人は先ず、コップいっぱいのビールを一乾し。
 「なにしまひょ」
 低い、しわがれ声、ひとこと。無愛想に。
 「やっこ」
 「おたくは」と相方に。
 「同じく」
 酒飲み二人は、早くも、昔から通い慣れた客のごとく、すっかり、身も心も店に、おばちゃんに馴染む。
 店の中は、カウンターが一本。十人も入ればいっぱい。右手は流し場。壁は、大きな酒樽の樽木。古くて、赤黒く、てらっとにぶく光る。カウンターの前の樽木の壁面は、ほこりにまみれた、長首の徳利や古そうなぐい呑み、土人形、酒ビン、ワイングラス、等々。種々雑多。ところ狭しと置いてあるもの全て、古色。おばちゃんも古色。
 二人は、ビール、二本。後髪を引かれる想いで、店を去る。
 「宴会が無ければ」と二人の目は、いっていた。

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