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アーンアウトで不当な目にあわないために—実例から学ぶM&Aノウハウ⑦

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M&Aの現場では実際にどんなトラブルが起こるのか、その乗り切り方、経験者の後悔や反省は―――過去の事例から得られた教訓を、これからM&Aにのぞむ皆様へお届けする連載です。
貴重な事例と支援ノウハウを教えてくださるのは、売り手支援歴20年のプロ・ブルームキャピタル社の宮崎代表です。

宮崎淳平 株式会社ブルームキャピタル 代表取締役社長
ライブドアグループ、株式会社セプテーニ・ホールディングス、株式会社社楽にてM&Aアドバイザリー業に従事。その他にもプライベートエクイティ投資案件、資金調達案件、及びファンド組成・運営を多数経験。2012年にブルームキャピタルを創業。同社は会社売却に特化した日本随一のファームとして知られている。『会社売却とバイアウト実務のすべて』著者。
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油断すると危ない?アーンアウト


ーアーンアウトがトラブルに繋がったケースを時々耳にします。
 宮崎さんが知っている事例ではどういったものがありますか?


まず「アーンアウト条件」というのは、一種のオプションのようなものです。
なんらかの条件が充足した場合にその権利者(=売り手)が追加的利潤を得ることができるものが一般的です。その条件には色々な定性的・定量的指標が設定されます。

しかし、その条件設定によっては売り手が期待した追加利益を得られず、おっしゃるようにトラブルになるケースがあります。


ある案件では、以下のような条件が設定されていました。

●年●月期の営業利益が●円を超過すること

極めて単純な条件設定ですよね。


親会社(=買い手側)は買収後、子会社(=売り手側)の「費用」をある程度コントロールできる状況になります。そのため、アーンアウト条件が上記のように曖昧だと、買い手が「あと数百万円でアーンアウト条件が成就しそうだから、ちょっとコストを載せておこう」と考える余地が生まれます(悪く考えれば)。

この事例もそうだったのですが、買い手が大きなグループ企業である場合、親会社のホールディングスカンパニーは子会社に「経営指導料」等の名目で費用を支払わせることがあります。この中に子会社の管理機能を代行する対価の意味が含まれる場合もあります。
そういった費用の上乗せによって、条件成就が達成できなくなる…ということが起こりえるんですね。


ここまであからさまかつ単純な例は少ないかもしれませんが、アーンアウト条件の設定においては、こういうことを考慮する必要があるんです。



アーンアウトはどんなときに使うべき?


ーそういったリスクがあるなら、アーンアウト条項はあまり使わない方がいいのでしょうか。どういった時に活用すべきなのですか?


アーンアウトは本来、将来の不確実な未来とシナジーについて、合理的なルールに基づいて買い手と売り手で山分けするためのものです。
しかし、日本では買い手の分割払い(=リスクヘッジ)のために使われているように見えるケースが多い傾向があり、売り手の不利益に繋がる形で使われてしまうことがあります。最近は減少傾向ですけどね。


こうしたことから、安易にアーンアウト条項をつけた契約を承諾するのはたしかに危険ですが、一方で、将来とてつもない成長が見込める自信があり、かつ、それが対価に反映されたアーンアウト条件を合意してもらえるような場合は積極的に活用すべきスキームともいえます。


逆に、買い手側からアーンアウトを提案された場合は

・初期的に受け取れる額が安すぎないか
・追加対価の現在価値はいくらか

という点はしっかり確認した方がいいですね。

後者は「追加対価はその不確実性などを踏まえた現在価値に換算して評価しましょう」ということで、少し難しいですが非常に重要なことです。

たとえば10億円といった高額な追加対価が定められた場合でも、その不確実性などを踏まえた現在価値を算出してみたら1億円になった、というケースもあります。
あとから高額な対価が手に入るものと思い込んで話を進めることの危険性はたやすく想像できると思います。
アーンアウト条項を定める場合は、その不確実性・現在価値をしっかりと理解したうえで意思決定を行うことが大切です。


以上のことを踏まえると、アーンアウトの活用を考える場合は、アーンアウト条項自体の評価(現在価値)を適切に計算できるアドバイザーに相談できると安心ですね。
弊社の場合ですと『リスク中立モンテカルロシミュレーションモデル』という手法で価値評価をすることがありますが、これも一種のオプション価値算定法です。



アーンアウトのリスク回避法


ー売り手側がアーンアウトを効果的に活用するには、どういったことに注意するとよいでしょうか。


売り手にとって理想的な設計の一例として、売上で指標を設定しておくというアイデアがあります。その場合はざっくり言えば「●年●月期の売上高が●円を超過すること」といった形で定めておくだけでよいかもしれません。
なぜ理想的かというと、売上は買い手側も売り手側もコントロールしにくく、事業成長を客観的に示す指標として適切である場合が多いからです。

一方、多くの買い手は利益指標を望みます。
利益指標には先述の通り、買い手による意図的なコストの水増しのリスクがあります。
費用を水増しした買い手に対して売り手側がクレームを入れた事例を実際に何度も見ました。買い手の中には誰もが知っている大企業もいましたよ。

また、意図的なもの以外にも買収後に予想以上にコストがかさむことがあるのも事実で、実際に買収されてみたら条件を達成できなかったということも起こりえます。
たとえば買い手が上場企業だった場合、管理基準を揃えるといったことにかなり手間やコストがかかりますからね。


そういったことを防ぐのに効果的なのは、

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