マモの剣-第一章 マモ族の目覚め-第三部-旅-
次の日の朝、聡明マモは背中に剣を背負い、長老からもらった薬草と松の実が入った小さな袋を腰に結びつけて巣穴を後にした。「昨日は長老の前で大見得を切ったけど、やっぱり少し不安だな、僕は本当に勇者なんだろうか、そして無事にキッキさんに会えるんだろうか」聡明マモはそう言いながら背中に背負った剣の紐を握りしめて歩き始めた。草原を歩くと目立つのでなるべく茂みが多いところを歩いた。鳥の鳴き声が聞こえる度に、立ち止まり辺りを注意深く見回した。一匹で茂みの中を歩いているうちに孤独な気持ちになってきた。気を取り直そうと岩の上に座って、長老からもらった袋から松の実を取り出してかじっていたその時、背後から「おい、もう休憩かいっだらしないな」と声が聞こえた。振り返るとさすらいマモが立っていた。「さすらいくんッ」聡明マモは驚いて目を丸くした。「君、左目の怪我は大丈夫なのかいっ」さすらいの左目は二筋の深い引っ掻き傷が残っていた。「左目をやられたおかげで、以前よりも右目がよく見えるようになった気がするんだ、それに体力は君よりもあると思うよっ」と笑った。聡明マモはさすらいの笑顔を見てうつむいてしまった。「そんな風にうつむいてちゃ、我々マモ族代表の勇者として活躍できるか心配だよっ、それに今回の旅は僕も参加させてもらうよ、その人間を助けたキッキって奴に会ってみたいんだ」聡明マモは心強い味方ができたことが嬉しかった。そしてさすらいに笑顔で「ありがとう」と言った。聡明マモとさすらいは身を低くしながら先を急いだ。陽が沈みかけ、カラスが鳴き始めた。さすらいが、暗くなる前に適当な洞穴を見つけて今晩はそこで休もうと提案した。しばらく洞穴を探していると、ちょうど岩場の下に小さな洞穴を見つけた。二人いや二匹のマモは恐る恐る中に入っていった。すると、洞穴の奥に一匹のマモがうつ伏せで倒れているのが見えた。慌てて二匹は駆け寄って声をかけた。「君、大丈夫かいっ」さすらいが背中をさすろうと手を伸ばすと、爪で引っ掻かれた傷があった。「聡明くんっ、長老からもらった薬草を分けてくれないかっ」聡明は急いで長老からもらった小さい袋から薬草を取り出しさすらいに渡した。さすらいは背中の傷にそっと薬草を置いて、洞穴から出て行った。「さすらいくんっ、どこへいくの」聡明はどうして良いか分からず、しばらくうつ伏せに横たわっているマモの横でじっと様子を見守っていた。しばらくしてさすらいが小さな手の内に少ない水を運んで戻ってきた。そして、うつ伏せで倒れているマモにそっと飲ませた。すると、苦しそうにキッと声を出して、うっすら目を開けた。聡明マモが「大丈夫ですかっ」と声をかけた。うつ伏せに倒れているマモは息も絶え絶えに小さな声で「あ、あなた方は…」と聞いた。聡明マモが「僕たちは旅のものです。人間と戦うためにキッキさんという方を探しています。その者が人間の弱点を知っていると長老が言っていたので…」と言うと、背中に傷を負ったマモはしばらくうつ伏せになったまま黙っていたが、やがて小さな声で「それは僕のことです」と言った。聡明マモとさすらいは偶然の出会いに驚いた。さすらいが「君は人間を助けたことで群れから追い出されたと聞いたが」と言うと、キッキは悲しそうな顔をして「はい、僕は人間を助けた罪で群れから追い出されました。だけどマモが一匹で生きていくにはとても過酷なことが分かりました。なので、遠く離れたマモ族の仲間に入れてもらおうと旅をしている途中に鷹に襲われました。その時に背中を爪で掴まれて傷ができてしまいました」と涙ながらに語った。聡明マモは「もう大丈夫、長老に事情を話せばきっと仲間に入れてくださるに違いないよ」と優しく告げた。キッキは目をキラキラさせて「本当ですか、ありがとうございます」と答えた。二、三日すると薬草のおかげでキッキの容態は良くなっていった。さすらいがたくさんの木の実を取ってきたので、三匹で分け合って食べた。キッキは同じ仲間と食事ができるのがとても嬉しかった。「そういえば、人間もこんな風に色んな木の実を分けてくれました。その人間は、我々マモ族の仲間になろうと努力しているように見えました。だけど、他のマモたちから怪しまれて、ある日、巣穴を土で埋められてしまいました。僕は、木の実を分けてもらったり、危険を知らせてくれたりしたことに恩を感じていたので、その人間のために巣穴を作ってあげました。それが他のマモたちの反感を買ってしまいました。僕がこのことを人間に話すと次の日の朝、姿を消してしまったんです」と言うとまた涙を流した。聡明マモとさすらいはキッキから人間の弱点を聞き出すのが目的だったのだが、キッキの気持ちを思うとなかなか聞き出せずにいた。さすらいが「君の傷もだいぶ良くなってきたことだし、明日にでもこの洞穴を出て、僕たちの集落に来ないかい。長老に君のことを紹介したいんだ」キッキは涙を拭いながら頷いた。次の日の朝早く三匹は洞穴を出発した。聡明マモとさすらいはキッキと出会えたことを早く長老に知らせたかった。キッキはまだ少し傷が傷むようなので、さすらいがおぶって歩いた。さすらいは平静を装っていたが、傷を負った左目は完全に見えなくなっていて、右目もかすむようになっていた。聡明マモたちが住む群れからあまり遠くない場所でキッキに出会えたことが幸運だった。しばらく歩くと長老の巣穴が見えてきた。長老は何かを感じたのであろうか、巣穴からゆっくりと出てきて三匹を出迎えた。聡明マモはキッキに偶然出会えたことを嬉しそうに報告した。キッキはさすらいの背中からゆっくり降りて長老にお辞儀をした。長老は「とにかく巣穴の中に入ってゆっくり休みなさい、木の実もたくさん用意しておいたよ」と三匹を巣穴の中に案内した。キッキは緊張した様子で木の実にも手をつけず、かしこまって座っていた。「君がキッキくんかね、我々マモ族は人間によって、生態が脅かされている。我々は人間と戦うことを決意した。そこで聡明マモとさすらいに人間を助けたことがあるキッキくんを探してもらい、人間の弱点を聞いてきてもらうようにお願いした。キッキくん、人間の弱点を教えてくれないか」と長老が丁寧に尋ねると、キッキは驚いた顔をして、「僕が出会った人間はとても優しく、僕のために木の実を集めてきてくれたり、天敵がいたら知らせにきてくれたりしました。人間によって我々マモ族の生態が脅かされているというのは本当なのでしょうか」と真っ直ぐな瞳で長老を見つめた。長老は「どうも人間には、いい人間と悪い人間がいるらしい、我々がこれまで食べたことがないような食べ物を与えられて体調を崩したマモも大勢おる。それに最近、マモが人間によってさらわれたり、捕獲されて食べられるという事件も起きている。キッキくんが出会った人間はいい人間のようじゃ、でも、悲しいことじゃが、このように悪い人間もいる。このような人間と我々は戦っていかなければならないと考えている。君が唯一、人間を助けたマモじゃ、我々のためにも人間の弱点を教えてくれぬか」キッキはうつむいてしばらく黙っていたが、「僕が出会った人間は名前を教えてくれました。確か星雲って言ってました。両親の顔も知らないけど、星が輝いて雲がゆっくりと流れる日に産まれたって。僕は星雲さんのお話を聞きながらうとうとしてしまったんですが、確か人間社会に疲れて、我々マモ族の仲間に入りたかったって言ってました。そして、次の日の朝、僕が目覚めた時にはもう星雲さんの姿はありませんでした。なので、弱点と言われても僕にはよく分かりません」長老はしばらく考えて、「キッキくんその情報だけで十分じゃよ、ありがとう。あと、キッキくんは今日から我々の仲間じゃ。好きな場所に巣穴を作れば良い」キッキはとても喜んで、新しい巣穴を探すために出かけて行った。聡明マモとさすらいが長老に「さっきのキッキさんのお話で人間の弱点がお分かりになられたのですか」と問いかけた。「うむ、人間という生き物は我々と違って協力し合いながら生活しているわけでは無さそうじゃ、我々マモ族は助け合いながら生活しておる。敵が来たら己が犠牲になってでも仲間に知らせておる。そういう助け合いの精神が人間には欠けておるのではないかと思うてな。我々に悪い食べ物を与えたり、捕まえて喰うたりする人間を成敗しても人間が一丸となって我々マモ族を攻めて来るようなことはないのではないか」さすらいは長老の言葉を黙って聞いていたがやがて、「我々が先ずすべきことは、人間が与えてくる食べ物を断固拒否することなのではないでしょうか。人間は食べ物で我々をおびき寄せ、連れ去ったり、煮たり焼いたりしています。我々マモ族は人間に対して食べ物などで決して屈することはないということを態度で示すべきだと思います」このさすらいの意見に長老と聡明も賛成した。
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