喫茶ライスシャワーの懺悔室~米田雫の福音書~ 9話
「犯人分かったって!?」
僕の電話に出た二階堂真琴は声を弾ませそう言った。
「うん、詳しくは後で」
僕は彼女にこのライスシャワーの場所を伝える。
店の中なら彼女の警戒心も薄れるだろう、という判断からだ。それに――。
「あの――出来れば同席して頂けませんか?」
僕の方から雫さんに同席を頼んだ。
「宜しいのですか? 懺悔室でのお話は私たちだけのことで――」
「はい、でもそのほうが良いと思うのです。僕ではきっと……彼女にすべて伝えきれないかもしれません。ですから、お願いしたいのです」
同席のタイミングは彼女にすべて任せることにして僕はそう依頼した。
たとえ話の意味も僕ではまだ全体を掴み切れていなかったし、真相を教えて貰ってなお、それを彼女に正確に伝える自信がなかったからだ。
懺悔室での出来事は僕らだけのことだが、僕が許せば彼女は語れるはずだ。
電話から30分後、息を切らせて二階堂真琴は店に飛び込んで来た、もう一人――似たような子を連れて。
「あんた、さあ白状して貰うからね!」
「……」
二階堂真琴の隣に居たのは、よく似た目鼻立ちの女の子だった。真琴ちゃんは昼の制服姿のまま。ピンクのパーカーと半ズボンというラフな出で立ち。髪も長くはなく、ショートに整えられている。彼女は僕らをチラと見たあとに眉を顰め睨み付ける。
「これ! こいつのしでかしたことちゃんと説明して! 私のこと名乗って彼氏に勘違いされて振られちゃったんだから!」
「……」
そう真琴ちゃんにドヤされた彼女はまだ無言のままだ。
「……まあ、そこに座ってくれる?」
興奮し続けている二階堂真琴ちゃんともう一人を四人席に座らせ、その対面に僕が座った。
「あの……」
「この子! 妹の麗華が犯人だったんでしょ!?」
彼女は僕が隣の子に名前を聞く前に素性を答えてくれる。
「妹さん……なんだね?」
僕の確認の質問にもその麗華ちゃんという子は無言を貫いた。
じっとこちらを睨みながら、頬を膨らませている。
「そう、二階堂麗華! ……今は橋谷麗華……だっけ。お母さんに引き取られて今は別々に暮らしている私の実の妹よ!」
確か彼女は今日のデートの際にそんなことを言っていた気がする。彼女は父親に引き取られたとか云々。
「ええ、と。二人はまだ連絡を取っているのかな?」
「そうよ。私は世田谷で母たちは六本木に住んでて場所も知ってるし。実際家に行ってみたら、ほら!」
そう言って彼女は一台のスマホを僕らに見せる。
「妹のスマホに、レンタル彼氏のサイト履歴があったの! 絶対なにか知ってるもん!」
聞かれていないこともスラスラと真琴ちゃんは喋ってしまう。かなりヒートアップしてる様子だ。
妹の麗華ちゃんのほうはというとそれを取り返すでもなくただ無言で僕らを睨み続けている。
「えーと……」
どう言って落ち着けようかと思っていると……。
「どうぞ」
ティーポットとカップをトレイに乗せた雫さんが席の傍に立っていた。
彼女の姿を目に留めた二人は同時に軽く目を見開いた。
「……素敵」
「……」
真琴ちゃんが思わずそう漏らし、麗華ちゃんも何か言い掛けたが止めた。
「ありがとう、ございます」
確かに雫さんは素敵だった。
先ほど来店時とは装いを変え、夜、店内の柔らかいオレンジの照明で映える様な、黄緑のワンピースに着替えてそこに立っていた。その装いからは、彼女の内面から溢れ出る様な優しさが、膨らみが感じられるようだった。
滑らかな指使いで、彼女はカップを置き、紅茶を注いでいく。その一連の動作は僕が見ても、いや誰の目に触れても見惚れるだけの優美さがあった。
「同席しても、宜しいでしょうか?」
そう言うと彼女は僕の隣の席を指し示す。
「は、はい」
彼女たちが頷くと、雫さんは椅子を引いて僕の隣に座った。
「初めまして。この喫茶ライスシャワーの店主、米田雫と申します」
深々とお辞儀する彼女に真琴ちゃんは追従する様に頭を下げた。
「失礼ですが、事情は存じております」
彼女は席に着くとまずそう宣言した。
それを聞いた瞬間、真琴ちゃんは僕の方を睨む。
「ご心配なさらずとも秘密は守ります。兼平さんを責めないで上げて下さい。私は貴方の不安や悩みを解決したいと思い、聞かせて頂いただけなのですから」
優しい、何の邪念も、他意も含まない玲瓏な言葉。透き通るような声に聞きほれる彼女たちの頬が紅い。
「……お姉さんは、その」
「ここで、悩み相談のようなこともしています。兼平さんはこちらの常連のお客様で、今回の事も口外しない約束でご相談頂きました。秘密は天上まで、持って行きますので」
戸惑いを見せる彼女に、静かに雫さんは紅茶を勧めた。
「冷めてしまうと美味しくなくなります。まずは、飲みながら話をしましょう」
「は、はい」
勧められるままに彼女たちは珈琲を一口啜る。
「ではまず経緯からすべてお話していきましょう。どうして、こういう事態になったのか、を」
雫さんは二階堂真琴の身に起きた今日までのことを真琴ちゃんに確認を取りながら説明を兼ねて語り始める。それを聞いていた麗華ちゃんの顔色は最初こそ普通だったが、後半になるにつれ蒼褪め、今は身体を震わせている。疑われていることはとうに察しがついていたのだろう。どう問い詰められるのか、不安に思っているに違いないことはすぐに読み取れた。
「妹さんを、疑っているのですね」
「そうよ。だって他に私を騙って売春なんてする人なんて思いつかなかったもん。だって、私と寝たとかいうその堂羅のお兄さんたちから私の個人情報を、肉親しか知らないような情報知ってたって言われたし。だから私、堂羅に振られちゃったんだもん」
そう言うと真琴ちゃんは俯き眉を顰める。
「大好きな彼氏に……最初に付き合った人に振られる……しかも私の知らないことで、こんなの酷いよ……」
悔しそうに、唇を噛みしめる。
「話を聞いて、すぐに麗華のことが思い浮かんだけど、でも闇雲に疑うのも嫌だった。だから証拠を探そうって思って華屋兄弟の勤めてたレンタル彼氏の会社から何か探れないかって思ってそれで……。で、犯人が分かったって言うから――」
縋るような目つきで真琴ちゃんは僕らを見る。それを受けて、静かに雫さんは口を開いた。
「犯人は見つけました。そう兼平さんに伝えたのは私です」
その言葉に麗華ちゃんは大きく反応した。目に見える動揺、そして――。
「ご、ごめんなさい!」
彼女は深々と頭を下げる。
「麗華! 貴方がやっぱり――」
「わ、私のせいです。だ、だからお姉ちゃんもう怒らないで……」
初めて聞いた彼女の声はか細く、頼りない。今にも泣き出しそうなその声に、僕はどうしようか考えあぐねる。
「怒るわよ! 何でこんなことをしたの!? 堂羅に説明してよ! 私の不名誉を取り消して!」
「う、うん……。で、でも……」
もう彼女は歯の根が合っていない。何かにおびえる様に、彼女はただ俯き、震えるだけだ。
「ふ――」
「その辺りに、してあげて下さいませんか?」
雫さんの言葉は激高する真琴ちゃんが更なる追撃の言葉を言う直前に挟まれた。
彼女の動きが止まる。それは僕も同じだった。何故なら、雫さんの言葉には優しさに隠れた凛とした迫力が潜んでいたからだ。
「麗華さん」
雫さんにそう呼び止められた麗華ちゃんは弾かれたように顔を上げる。
「分かっています」
「――」
その雫さんの言葉に麗華ちゃんは目を見開き口をまるで鯉のようにパクパクと動かす。言って欲しくない、そんな懇願の目を彼女はしていた。しかし――。
「言わなければ、解決しません。それは呪いです。貴方のとっても。でなければいつかそれは――」
――貴方を殺します。
その強い言葉に彼女は項垂れ、力なく椅子にもたれかかった。
「――言って、下さい」
彼女の声は、ぽつりと消え入るような声で、しかしそれは僕らに届いた。
「……麗華?」
その様子に心配そうな声を上げる真琴ちゃんに、雫さんは声を掛ける。
「知っているのです、彼女は。いえ、口止めされている――のでしょう」
「何を――」
震える妹を支える様に彼女が手を伸ばし、寄り添う形になった瞬間に、その言葉は放たれた。
「お母様が、華屋兄弟と寝ていることをです」
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