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喫茶ライスシャワーの懺悔室~米田雫の福音書~ 6話

第二章 二階堂真琴の売春

彼女に対する最初の印象はそれほど悪くは無かった。
今回のお客様は実は事前に店から注意を受けていた。もしかしたら、出禁にするかもしれないから、と。しかし、目の前のベンチに座る彼女からは、まだその片鱗など見て取れなかった。

 レンタル彼氏(この仕事)をする以上あまり先入観は持たないようにしようと努めている。誰がどんな事情で僕を呼び出すのか、そういうことは向こうから言わない以上詮索しないのがマナーだ。事務所を通じて最低限の情報を貰い、相手の要望を聞き入れそれに徹する。僕は受けた仕事はこなす。この間のストーカーじみたお客様、要詩織嬢のような場合においてもNGな注文以外は大抵こなすのだ。NG、とは直接的な肉体的接触、まあ具体的に言えばSEXなどの行為だ。こういった行為が店に発覚した場合、お客は勿論出禁、僕も職を失う。
 夜の街のホストならいざ知らず、僕らは健全な仕事の部類なのだ。それでもやはりそこは男女である。道を踏み外すものもいない訳ではない。僕勤めるレンタル彼氏派遣業『デイライト』でも違反行為により解雇される者はそれなりにいた。

「お前なら平気だろう」

 そんな一言で僕は、僕がお金に困っていることを知っている大学の先輩、一条さんの勧めで彼のお兄さん経営するこの店で働き始めた。
 僕は自分がこの仕事に向いているとはとても思わなかったのだが、お客様の評判はすこぶるいいらしい。リピーターも増え、僕はその為に自分用のデートMAPを作ったし、都度更新作業に追われている。
 お客様の大抵は二十代から三十代後半で、偶に四十代から上の方も利用される。そうしかし今回のお客様は違っていた。なぜなら彼女は、なんと女子高生だったからだ。

「こんにちは!」

 ハキハキとした挨拶、綺麗に整えられた長い黒髪。顔も、美人といって差し支えない。小さな唇は薄いピンク色をしていてリップが塗られている。目鼻立ちもスッと通っていて、アイドルかと言われれば納得するだけの容姿をしている。とても出禁を言い渡されるような子には見えない。何かの間違いではないか? と思っていたのだ、この時は。

「初めまして、兼平礼人です。二階堂真琴さん、かな?」
「はい! 今日は宜しくお願いいたします!」

 礼儀正しい挨拶に僕の心も軽くなる。こういう子は『当たり』だ。僕の直観は間違いなくこの子を安全で信用できる、と言っている。しかし、店側からは再三注意を受けた。そう『売春』で、だ。
 ことの発端は二週間前に遡る。
 事務所で人気のある彼氏、華屋兄弟がデートした女性と不貞行為をしたのではないかと疑われたのだ。そして、そのデートの相手の中で疑われたのが、この二階堂真琴だという訳だ。
 ではなぜ発覚したかというと、それは密告だった。
 匿名で、『二階堂真琴は女子大生ではなく実は女子高生で、しかもデート相手と寝ている。そして売春している』との電話が事務所にかかってきたのだ。
 事務員の金城さんが詳細を聞く前に電話は切れてしまった。
 まさかと思い華屋兄弟に詳細を訊ねたが、二人とも詳細を話すことなく事務所に休養を申し入れ来なくなってしまった。事務所としては疑いが掛かった人間が半ば辞めたようなものなので放置しても良かったのだが、社長の一条さんが激怒した。
『18歳未満の、しかも高校生は利用禁止だ! それを隠していただけでも問題なのに、うちの店は全ての女性に報酬以上の癒しと満足を与えるものだ! それを女性から余計に何かを受け取ったかもしれないなんて話が看過出来るか!』
 暫くして、うちの店に再び二階堂真琴から連絡があった。華屋兄弟は休みになっているため、代替えとして僕が提示され、彼女は少し悩んだのちこれを受け入れた、とのことだった。
 今回のことは社長からも『詳細を確かめるように』と厳命されている。僕は予定外の使命を受けて今回の依頼に臨んでいた。

 さて、目の前の二階堂真琴に話を移そう。
 僕らは日曜日の朝、原宿口近くの代々木公園に入ってすぐのベンチで待ち合わせた。
 僕の彼女に対する第一印象は前述の通り決して悪くはない。むしろ良いほうに傾いている。とても、売春をするような子には見えない。カーキ色のワンピースが緑に映え、永い黒髪はサラサラと風にそよぎ、微かな芳香を醸し出している。

「今日はご指名ありがとうございます。改めまして、兼平礼人です。……当サービスのシステムに関してなのですが、今更説明は要りませんよね?」

 利用履歴から見れば彼女は常連だ、その必要はないだろうと判断しそう発言する。

「あ、はい。えーっと先にお金をお渡しするんですよね?」
「はいそうです。銀行振込をご利用なされる場合は事前に申請が要りますが、まだでしたよね?」
「あはは、そうです。だってまだ……あ」

 彼女はしまった、という風に口を閉ざす。高校生ならばカード関係を作るにはまだ年齢的に彼女は厳しい。毎回の利用もその場の現金精算だったはずだ。やはり、年齢を偽っているようだが……。
 年齢を今すぐ確かめて捕まえることは出来るかもしれないが、それでは今回の使命を果たせない。僕はこの話題をスルーすることにした。普段なら怪しい顧客はその場で年齢認証をする。しかし今回はちょっと事情が違う。どこかで尻尾を捕まえよう。
 彼女は持っていたポーチから可愛らしい猫のがま口を取り出し一生懸命にお札を数え、僕に差し出した。

「はい……どうぞ!」

 えいやっとばかりに彼女は力を込めてお札を握りしめている。その姿に僕は昔を思い出し、思わず吹き出してしまった。

「あ、え、あの」
「失礼しました。……あの、まるで僕を見ているみたいで」
「え?」
「僕もお金が大切で、最初は結構緊張してお金を受け取っていたので。高校生だと、大金でしょう?」
「あ、はい! ……実はその、結構今月はピンチで」

 その言葉に僕は一礼する。

「あ、あの?」
「そんな貴重なお金を僕に遣って頂きありがとうございます。誠心誠意、今日は勤めさせて頂きます」

 そして僕は顔を上げ、彼女を真っ直ぐに見据えた。

「じゃあ、何て呼ぼうか? 僕は礼人でいいよ」

 彼女はくすり、とはにかみ「真琴で」と言った。

「楽しかった~」

 夕方、原宿の竹下参道前に僕らは戻って来ていた。そろそろ解散の時刻である。
 怪しいところは何もない、むしろ完璧な良客である。僕のデートプランに彼女は悦び、心から楽しんでいるように見えたし、我儘も言わず、素直について来てくれた。僕は逆に疑ったことを心から反省し始めていた。

「凄いですね、さすがプロの『彼氏』です!」

 興奮した様子で彼女は跳ねながら歩く。

『プロの彼氏』という言い回しが可笑しくて僕はまたしても噴き出してしまった。

「あ! 何ですかもう!?」
「いや、逐一真琴は言い回しが秀逸だなって」
「もう、本当にそうですよ。あいつなんかそういう甲斐性が無いから……」

 そう言いかけて彼女は『あっ』と口を塞ぐ。

『あいつ』……華屋兄弟のことだろうか?

「何でもないです。忘れて下さい……」
「ん? 聞こえなかったよ?」

 僕はそのことをサラっと流す。そういうのがマナーだ。
 家庭やその子の環境については顧客が自ら明かさない限り訊ねない。根掘り葉掘り聞いたりもしない。

「うち、父子家庭なんですけど、」

 そんなことを考えていたら彼女は自分から身の上話を始めた。

「小さい頃親が離婚して、父方に引き取られたんです。父はずぼらで、本当に甲斐性がなくて、無口で、すぐ母に愛想をつかされたって聞いてます」

 先ほどのあいつ、とは父親のことだったらしい。

「母方には妹が引き取られて、私は父に。まあこれは私の要望もあったんですけど……」

 どうやら姉妹がいるらしい。一応心のメモ帳に情報として記載して置く。

「あの、もうすぐ解散の時刻なんだけどさ……」

 元の代々木公園のベンチに二人で座り、僕は口を開いた。

「あ、はい! ありがとうございました! とても楽しかったです!」

 顔を赤らめ彼女は頭を下げる。

「それは良かった……あの、つかぬことを伺ってもいい?」
「え? は、はい……」
「前に指名していた華屋兄弟じゃなかったけど、大丈夫だった?」

 華屋兄弟、の名を聞いた瞬間彼女の顔が目に見えて強張った。

「……は、い。大丈夫、です」

 たどたどしく彼女は僕に告げるが、どうも様子がおかしい。彼女はそう言ったまま暫く俯いてしまった。

「……あの」

 暫くの後、彼女は重い口を開く。

「私って、疑われてますか?」

 いきなり核心を突く言葉を彼女は口にした。

「疑われるって……何の?」

 一応惚けてみるが、彼女の眼には確信の光が宿っている。

「売春です。二人とその、してるっていう」

 彼女は僕の目を見て、はっきりとそう言った。

「ええっと……」
「華屋兄弟が指名できないっていうことは、その、そういうことなんですよね?」

 彼女は真剣に僕の目を見つめ続けている。……嘘は、通用しなさそうだ。

「ううん、その、証拠はないよ? ただ店にそういう情報が入って……」
「じゃあ……見つけて下さい」
「はい?」

 次の言葉は僕の予想外の更に外にあった。

「私が売春していた証拠を見つけて下さい」


喫茶ライスシャワーの懺悔室~米田雫の福音書~ 7話|maa坊/中野雅博 裏で作業中 (note.com)

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