おべんとう
夫婦とも教員をしている我が家。結婚して6年目になるが、まだ子宝には恵まれておらず、2人で暮らしている。
基本的にいつもお昼は給食を食べる。あまり知られていないかもしれないが、給食の時間は給食指導といい、子どもと一緒に食事を摂るのもれっきとした仕事の一つなのだ。
しかし、今回のコロナウイルスの影響で学校が臨時休校となった。教員は休みではない。けれどももちろん給食はない。
夏休みなどの長期休業中は、コンビニのおにぎりやカップ麺で済ませるか、同僚と近くの食堂に行くなどしていた。
しかし今やスーパーではカップ麺も品薄だし、あまり頻繁に食べるのも栄養が偏りそうだ。近くの食堂も軒並み臨時休業している。
…こうなったら、弁当を作るしかない。
そう思い立った。
弁当を作り始めて数日経った時、幼い日の記憶が蘇ってきた。
あれは今から20数年前、小学2年生の今頃の季節だったと思う。
一駅先まで切符を買って電車に乗り、公園でピクニックをするという遠足があった。
まだ自動改札になる前で駅員さんがチョキンと切符を切ってくれたのを覚えている。
無事公園に着いて、待ちに待ったお弁当の時間。仲良しメンバーで集まり、レジャーシートを丸く敷いて座った。
今日のお弁当はおにぎりかな?サンドイッチかな?それとも、おいなりさんかな?などと、ワクワクしながらお弁当箱を開けると…
なんとそこには予想もしていなかったものが入っていたのだ。
その中身は…
『焼きうどん』
しかもお弁当箱一面に、
焼きうどん。
他のおかずもデザートもない。
焼きうどんオンリー。
一瞬たじろいで蓋を閉めた。
「どうか見間違いであってほしい…」
恐る恐るもう一度蓋を開けると、やっぱりそこには焼きうどん。
焼きうどんしかなかった。
私がお弁当箱の蓋を開け閉めしている間に、友だちは皆、お弁当の見せ合いっこをしていた。
「Hちゃんのお弁当いいなー!美味しそうなサンドイッチ!」
「うちのママの卵焼き甘くておいしいから後で交換しようよ!」
友だちのお弁当はどれも、カラフルなピックが多用され、タコさんウインナーやウサギさんのリンゴ、今ほど凝ってはいないがキャラ弁のようなものなど、可愛らしい見た目に作られていた。
私があまりの焼きうどんショックに放心状態でいると、Aちゃんが
「ねーねー、みいちゃんのお弁当は何入ってるの?ちょっと見せてー!」と話しかけてきた。
「え、えーっと…焼きうどんだった…。」
皆に笑われるかと思って、私は小声で言った。
すると、Aちゃんは
「お弁当にうどんなんて、豪華だね。私なんて普通のおにぎりだよ!」と言った。
今振り返れば、Aちゃんはなんて慰め上手な子なのだろう。
私は、…全然豪華なんかじゃないよ、焼きうどんは嫌いじゃないけど、なんでよりによって遠足のお弁当に焼きうどんなんか入れたのかな…と、しょんぼりいじけながら、そして男子に見られないようにしながらこっそり食べた。
私の焼きうどんは、子どものお弁当箱に入るくらいだから量もすごく少なかった。
2回ほどすすっただけで終わってしまったため、お弁当の時間の大半を持て余し、水筒に入った麦茶を飲んで過ごした。
友だちはというと、
「サンドイッチ食べたい!交換しようよ!」
「いいよー」
「イチゴジャムとチーズのサンドイッチなんて初めて食べたー!これおいしいね。お母さんに作ってもらおっと!」などと楽しそうにしている。
焼きうどんではそんなこともできない。
「うどんの麺1本と卵焼き1個交換ね!」
なんてできるわけがない。
帰宅して、真っ先に
「お母さん、なんでお弁当に焼きうどんなんて入れたの?!」と尋ねた。
すると、天然ボケの母親は
「だって、みいちゃん焼きうどん好きだと思って」と一言。
…大好物でもないし、ましてや年に数回しかないお弁当の日によりによって焼きうどんなんて…
母親の返事に拍子抜けした私は、この人にはもう何を言っても無駄だと諦め、
「私は自分の子どもの遠足のお弁当には絶対に焼きうどんは入れないんだから!」と心に誓ったのであった。
時を戻して、令和2年の春。
料理が苦手だった母親のようにはなりたくないと、小1の頃からフライパンを握っていただけあり、料理は特技と言えるまでになった。
それでも毎日お弁当を作るのはなかなか大変である。なるべくなら冷凍食品も使いたくないし、同じおかずを続けたくもない。彩りも良くしたい。
うちの夫は、何でも美味しいと喜んで食べてくれるので、とてもありがたい。
私が極限まで疲れきって仕事から帰り、夕飯のおかずが竹輪にきゅうりを詰めただけという日が一度だけあった。
その時でさえも何一つ文句をつけることなく、「今日の竹輪は美味しいね。」と言って、ご飯をもりもり食べてくれた時、ああ、この人と結婚して良かったと思った。
でもまだ、一面焼きうどん弁当にはしたことがない。多分うちの夫なら、文句も言わずに食べてくれるだろうけど。
ここ数年、そろそろ子どもが欲しいと考え、いわゆる妊活を始めた。いつコウノトリが運んできてくれるかは神のみぞ知るというやつだが、もし子どもが生まれたら…
焼きうどん弁当にしても文句を言わない(だろう)夫に似るのか、それとも文句しか(?)言わない私に似るのか、未来の生活を妄想するのが今の楽しみになっている。
いつか子どもが遠足に行く日が近づいたら、お弁当のリクエストを聞いてあげたい。
そして、もしも『焼きうどん!』と言われたらこの話を聞かせてあげよう。
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