人を知らないで家族になるということ
人を知らないで家族になる。母親の告白。私の人生。
私の母親は、ずっと誰かに頼ろうとしながら生きてきた。
Nさんの家にいる時も、今のSの名字に変わったあの人も、母親が頼ろうとした結果の人物と出来事。ママは、自分の力で何も努力してこなかったことを悔やんで、今もそうして生きていることを悔やんで、私に泣きながら話してきた。
今の私の実家にいる人は、みんな変な人だ。常識がなくて、自分勝手で、自分さえ良ければ良くて、他人からどう見られているかも想像できない。
私の犬を逃がした時、祖母は、行きたくないと嫌がる犬を引きずって捨てに行ったらしい。
父親は酔うと怒鳴り、暴れる。今はお酒を飲まなくなったが、シラフのときもどこかトンチンカンで、自分のことしか考えられない。私の母親が家族のご飯を作って、父親のお弁当を作って、既に老化が進んで自分で出かけられなくなった「自分の母親」の面倒を毎日見ているのに、ママに向かって「お前のことはあてにしてない」だとか「いずれ離婚するつもり」だとか、平気で言ってのける。
お金だけはある。お金以外は何も無い。そんな家。お金も、べつにたくさんあるわけじゃない。
愛も何も無い。
この家に来たのは、2011年11月。この家に来た次の日に、私の犬は居なくなった。毎晩知らない土地を探して回った。どう思われてもいいと思いながら、母親とふたりで名前を叫びながら探し回った。1ヶ月探して、見つからなくて、あきらめた。
これが祖母のせいだと知ったのはそれから何年もあとの事だった。許せるわけがなかった。
時は遡って2004年(たぶん)、私と母親は、私が生まれた街を出た。私が生まれて4歳になるまで生きていたのはM町だ。パパとママと、3人のきょうだいと、おばあちゃんと、おじいちゃんがいた。幸せだったような気もするけど、あんまり覚えていないのも事実。
パパとママは、離婚した。きょうだいとは離れ離れになった。
県内では栄えているU街に引っ越した。私の知らない人との生活が始まった。たまにパパから、おばあちゃんから、電話がかかってきて、「はなちゃん、いつ帰ってくるの」と、何回も、聞かれていたらしい。
決して裕福ではないことは感じていた。小学生になって暫くして、お金がなくて、ガス代を払えなくて、お湯が出なくなった。お風呂に入れなくなった。お風呂に入れないので、スーパー銭湯に行くか、たまにお湯を沸かして、水で割って、流しで頭を洗って体を拭いたりすることが生活の一部だった。学校でフケが浮いた髪の毛をからかわれて、友達に庇われたこともあった。それは嫌だったけど、まだしっかりと自分がなかった私には、お金がないことは、何となくしかわかっていなかった。
2011年3月11日、東日本震災が起こった。大きな災害が起こったとき、娘を守れない、このまま生きていてはいけないと、ママは、結婚相手を探した。そしてお金だけを見て結婚したのがいまの父親だ。あんまり知らないまま、私を連れて、また、また、再び、前と同じように、知らない場所に連れていった。
私は、はじめて今の父親を見た時、「怖い!」と泣いて、帰りたいと言ったことだけ憶えている。
あたらしい家には、男と、その母親がいた。男はママと結婚したので、父親になった。その母親は、私の祖母になった。私はこの2人のことを何も知らなかったけど、私は、それまでほとんど人を嫌いにならなかったので、2人にニコニコして、やさしくした。
冒頭に戻る。父親も、祖母も、私の想像のできる範囲を超えるほどに、理解できない行動をする人で、私を傷つけた。
まとまらない文章だね
母親の話に戻る
母親は、M町にいるとき、お金が無くて苦しい思いをした。U町に移っても、初めはよかったけど、あとになって、お金が無くなった。今の実家に来てからは、お金はあった。お金があるから、私は高校に行き、大学に行き、一人暮らしもさせてもらえて、学費も出してもらえている。生活費にも困っていない。母親は、私には同じ苦労をさせたくないと何度も何度も伝えてくれている。ここに来るまで私に苦労をかけたからと、私には美味しいものを食べさせてくれるし、生活費もじゅうぶん渡してくれる。なんならお小遣いまでくれる。決して甘やかそうと思っているわけじゃない。母なりの償いであり、心配なのだ。
私は、お金が無い生活を想像するのが怖い。冷たい生活が思い浮かぶからだ。
母親は、自分が行動してこなかったことを悔やんでいる。母親は「三文足りない」のだそうだ。東日本大震災のあとも、自分が死ぬ気で働いて、真っ暗な道でも進む勇気があれば、ひとりでも娘のことを育てることは出来ただろうと。母親は「早起き」せず、人に頼って生きてきたから「三文得」できなかったんだと。
だから今からでも、子供たちに残せるバトンを作ろうと、動くなら今しかないからと考えていることを教えてくれた。
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