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M&Aの買い手が連結納税を適用している場合の留意点

M&Aの買い手が連結納税制度を導入しているときは、どんな論点が生じるのでしょうか。

買い手が連結納税を使っている場合、場合によってはM&Aの際に大きな税務インパクトが生じます。

おおよその場合、連結納税を適用している会社は上場会社で、かつ税務アドバイザーがついていることも多く、自己解決しているように思います。

ただし筆者の経験上、連結納税を適用したばかりの会社では、そもそも連結納税がM&Aに影響を与えるとは思っておらず、こちらから議論にあげるまで気づかないこともあります。

特に昨年・今年あたりから、2022年4月1日からのグループ通算制度の開始を目掛けて連結納税を適用し始めた会社が多いので、注意が必要です。

今回の記事では連結納税がM&Aに与える影響について、筆者の過去の経験からできる限り幅広く論点をまとめてみました。

※1「対象会社」とはM&Aで譲渡される売り手側の会社のことをいいます。
※2 以下、M&Aで対象会社が買い手の100%子会社となり、対象会社においても連結納税が適用されるケースでの論点を想定しています。

1.資産が時価評価され、含み損益が実現する

実務上、まず必ず確認すべき論点がこちらです。

対象会社が所有する以下の資産が全て時価評価され、連結納税に加入する直前の対象会社の単体決算において含み損益が実現します。

【時価評価の対象となる資産】(法令122の12①)
固定資産、土地等、有価証券、金銭債権、繰延資産
※簿価が10M未満の資産は除く
※含み損益が資本金の1/2又は10Mのいずれか少ない金額未満の資産は除く

例えば対象会社の土地が大幅に値上がりしているような場合や、過去に特別償却している設備が多数ある場合、その含み益部分について課税されます。

こちらの金額が大きくなる場合には、対象会社で損出しできる資産や繰越欠損金が無いかまずは検討します。

それが難しい場合、後述するみなし事業年度の特例を使って役員退職金の支給による損と相殺することを検討します(後述4)。

それでも難しい場合は、連結納税を適用するけども、時価評価は対象外となるようなM&A手法を検討します(後述5)。

(コラム)保険積立金は時価評価対象か

なお、「保険積立金」を時価評価すべきかどうかは、条文上明確に判断することができません。実務では慎重な判断が求められます。

私が過去に国税庁の電話相談に問い合わせた際には、固定資産にも金銭債権にも(もちろん有価証券にも)該当しないため、時価評価の対象外との回答を頂きました。

なお、仮に時価評価の対象として扱う場合、例えば「簿価が10M未満かどうか」という判定をする際には、保険契約のどの金額(簿価)を使って判定すればよいのでしょうか。

結論、時価評価の単位としては、もし固定資産に該当する場合は「個別契約」ごと、もし金銭債権に該当する場合は「契約相手ごと」のグルーピングとなります。(法規27条の13の227条の15①

例えばプルデンシャル生命保険でA、B、Cの3つの契約を締結している場合、固定資産に該当するならA、B、Cそれぞれの簿価で判断しますが、金銭債権に該当するならABC合計の簿価で判断します。

なお、これまで保険積立金の時価評価について言及する書籍に出会えていなかったのですが、こちらの佐藤信祐先生の書籍において同様の内容が詳細に記載されています。

これだけ!グループ通算制度


なお、保険が金銭債権であるとする説もあります。
2021年6月28日の税務通信(3660号)のショウ・ウインドウにおいて、以下の記事が出されました。

消費税法上,資産の譲渡等のうち「別表第一」に掲げるものは非課税とされており( 消法6 ),『有価証券その他これに類するものとして政令で定めるもの』などの譲渡がこれに当たる。この“類するもの”としては,『貸付金,預金,売掛金その他の金銭債権』などが該当するところ( 消令9 ①四),保険契約の権利は“金銭債権”に当たり,保険契約の権利の譲渡に係る対価は非課税となる。

こちらは消費税法での記事となりますが、保険を金銭債権と考える一例となります。


2.繰越欠損金が切り捨てられる

買い手が連結納税を適用していると、M&Aと同時に対象会社に存在する繰越欠損金が切り捨てられます(法法81の9②一)。基本的に連結納税に持ち込むことはできません。

ただし実務においては、対象会社に繰越欠損金が多額にあって、どうしても切り捨てられるのを防ぎたいような場合もあります。

そんなときは、連結納税を適用するけども、繰越欠損金の切り捨ては対象外となるようなM&A手法を検討します(後述5)。

ただしこの手法を採用して繰越欠損金を引き継いでも、別のグループ会社の利益と相殺することはできません(特定連結欠損金と呼びます)。
あくまで将来対象会社で発生する利益と相殺することとなります。


3.対象会社で税務申告が必要となる

対象会社では、「その期の期首から買い手の100%子会社になった日の前日」までをみなし事業年度として、対象会社単体での税務申告が必要となります(法法14条の1⑥)。100%子会社になった日以降は、連結納税が適用されるためグループ全体での申告に変わります。

ただし、実務上の便宜から、特例として「買い手の100%子会社になった日の月末」までをみなし事業年度をとすることが認められています(法法14条の2①イ)。

例えば対象会社が3月決算で、7/5がM&Aのクロージング日(効力発生日)だとします。

原則は4/1~7/4までを単体で税務申告し、7/5以降は連結納税としての申告になります。

一方、特例を使うと4/1~7/31までを単体で税務申告し、8/1以降を連結納税として申告することになります。

決算処理の簡便さを考えると、月末を基準日とできる特例の方が使い勝手が良いでしょう。

ただしM&Aの場面では、次のように役員退職金との関係性についてしっかり認識する必要があります。

4.M&Aと同時に支払う役員退職金の節税効果はどうなる?

例えば買い手も対象会社も3月決算、2021/7/5がM&Aのクロージング日(効力発生日)だとします。

原則でいくと、2021/4/1~7/4までがみなし事業年度となり単体申告、7/5以降が連結納税となります。

役員退職金はM&Aのクロージング日(7/5)に支給するので、原則通りなら連結納税制度において支給することになります。
もし役員退職金の支給によって2021/7/5~2022/3/31までの期間が赤字となっても、連結納税を適用しているため他のグループ法人の利益と相殺可能です。つまり、役員退職金の節税効果をフルに活用できます。

一方で特例を使った場合はどうなるでしょうか。
特例を使うと、みなし事業年度は2021/4/1~7/31となります。役員退職金の支給は2021/7/5ですから、単体申告の枠内で払うことになるのです。

もし多額の役員退職金を支給して大幅な赤字になる場合、繰越欠損金が発生しますが、単体申告の枠内で生じた繰越欠損金は上記2の通り全て切り捨てられてしまいます。税金の観点から少しもったいないでしょう。

なお、原則でも特例でも、単体申告で赤字が出てしまった場合は、繰戻還付請求をすることで、その前の事業年度で払った法人税を限度として取り戻すことができます。

5.みなし事業年度の特例を使った方がいいケース

あえて特例を使った方がいいケースを考えると、対象会社が進行期に多額の利益を計上している場合や、前述のように連結納税の加入に伴う時価評価で多額の含み益が出てしまうような場合です。

役員退職金の損を全て相殺することができるのであれば、すぐさま節税効果を受けられるため、特例を使うのがいいでしょう。

また、役員退職金の損を全て相殺できずとも、繰戻還付請求を使って前期の法人税額から十分還付を受けられるようなケースにおいても、特例を使うべきケースといえます。

ただし長い目で見れば、みなし事業年度の原則を使って連結納税の枠内で役員退職金を支給したとしても、将来において利益が出るのであれば、最終的に節税効果は全て受けられます。なので、トータルでのタックスメリットはイーブンとなります。

「連結納税加入時の税負担をすぐに抑えたい」
「役員退職金の支給による節税効果をすぐに受けたい」
ような場合に、みなし事業年度の特例を使うことを検討してみるといいでしょう。

6.みなし事業年度の特例を使うときの注意点

なお、みなし事業年度の特例を使うときには注意点があります。

それは、親会社(つまり買い手)が資本金5億以上などの大法人の場合には、単体申告において繰越欠損金の使用や繰戻還付請求に制限がかかってしまうことです。

特例を使うと、単体申告の末日が100%子会社化された日の属する月末となります。その時点において、対象会社は既に買い手の100%子会社となっているので、一定の中小企業向けの税制優遇に対する制限を受けるのです。

具体的には、繰越欠損金は所得の50%までしか使えず、繰戻還付請求(※)は使えなくなります。
※なお繰戻還付請求は、コロナの特例により親会社が資本金10億以下であれば認められています。(2022年1月末まで)

そのため、買い手が大法人の場合には、これらの影響を加味しても役員退職金の節税効果を十分に受けられるのか、確認する必要があります。

なお、買い手自体は大法人に当たらなくても、買い手に親会社がいて、その親会社が大法人であり、買い手と完全支配関係があるような場合でも該当します。

7.時価評価および繰越欠損金の切り捨てが適用されないM&A手法

さて、前述のように連結納税の適用に際しては、「時価評価」と「繰越欠損金の切り捨て」という2つの影響があり、場合によってはインパクトが大きくなることを解説してきました。

基本的にはこれは避けられないものですが、以下のようなケースにおいてはこの適用が除外されています。(法法61条の12①

①適格株式交換等により100%子会社化したとき
②適格株式交換等により加入した連結子法人の子法人(連れ子)であって連結子法人との間の完全支配関係が適格株式交換等の日の5年前から継続している場合のその子法人(連れ子)
③単元未満株式の買取等により100%子会社化したとき
(他にもありますが、M&Aで想定できるケースに限定して記載)

なお株式交換等の「等」は、スクイーズアウトのことです。全部取得条項付種類株式の活用、株式併合、売渡請求制度などが該当します。

そのため、時価評価および繰越欠損金の切り捨てのインパクトがあまりに大きいような場合には、上記のスキームを検討します。

なお、平成29年度税制改正により、2/3以上保有する子会社との株式交換等においては、適格要件から現金対価要件が除外されました。

つまり、通常の株式譲渡で2/3以上を保有したあとに、現金対価の株式交換等により100%子会社化することで、時価評価や繰越欠損金の切り捨てを行うことなく連結納税に加入することができます。

8.対象会社に対する連結納税の適用は回避できるか

よく「今回の対象会社だけ連結納税の対象外にすることはできませんか?」と聞かれます。

基本的に、それはできません。
連結納税は親会社が適用している以上、100%子会社には強制適用される制度です。特定の100%子会社だけ連結納税から除外することは認められません。

ただし、裏を返せば100%子会社でなければ適用はありません。

そのため、例えば一部の株式を役員個人や取引先などの第三者、あるいは海外子会社が所有した場合には、連結納税の適用対象外となります。

上記のような連結納税外しに関して、現時点では、法人税法132条あるいは132条の3が適用された事例は確認できません。

ただし、似たような事例で、グループ法人税制外しについては、132条を適用して否認された事例があります。

そのため、形式的な連結納税外しには注意が必要です。
もし一部の株式を誰かに持たせるような場合には、そのような株主構成にする経済合理性をきちんと備えておくべきでしょう。


まとめ

本記事のまとめです。

買い手が連結納税を適用している場合の論点としては、以下がありました。

①対象会社の一定の資産が時価評価される
②対象会社の繰越欠損金は切り捨てられる
③役員退職金を支給する場合、原則通りのみなし事業年度とすれば連結納税の枠内で支給、特例を使えば単体申告の枠内で支給される。
基本的には原則通りでいいが、単体申告の枠内で支給しても繰越欠損金が出ないような場合は、特例を使うのもアリ。
④適格株式交換やスクイーズアウトにより100%子会社化した場合は、時価評価と繰越欠損金の切り捨ては適用されない。
⑤対象会社を100%子会社としない場合は、連結納税の適用はされない。ただし形式的な連結納税外しはリスクがあるため慎重に判断するべき。

連結納税は普段なかなか接する機会が少ないと思います。

実務上は、まず買い手が連結納税を適用しているかどうか有報などで確認し、適用していた時にはこのnoteの論点を思い出してみてください。

少しでも皆様の参考になりましたら、ぜひ「スキ」を、お願いします!
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