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英文解釈演習室(2024年8月号課題)


訳文づくりで考えたこと

提出した訳文

 1970年代半ばのこと――アメリカの地域によっても、また大学によっても異なっていたかもしれないが――大学教員のあいだで、不格好なフォルクスワーゲンは買われなくなり、おなじく不格好なボルボのほうが売れはじめた(少数の風変わりな人たちがこれまた不格好なサーブを選んだりしていたが)。さて、この嗜好の変化には、いっけん言わずもがなの説明がつくようにおもわれる。つまり、ひとつには大学院生でもらっていた奨学金が、助教授や准教授職のいっそう手厚い給与に切りかわったから。もうひとつには家族が増えるので、原始的なものより優れた後部座席が必要になったから、といった具合だ。しかし、どうしてボルボだというのか、どうしてオールズモビルでもクライスラーでもマーキュリーのステーションワゴンでもないのか、という疑問が残っている。その答えとして私がおもうに、ボルボなら多くの教員たちに直面する今までに経験しなかった板ばさみの状況を解決してくれるからだ――その板ばさみとは、経済的に潤っていく恩恵を受けいれるのと同時に、物質文明がもたらす商品は蔑んでみせる教員としてふさわしい態度を取りつづける、というものだ。こうした状況では、ボルボの不格好さこそが最大の魅力となるのだ。というのもボルボは格好悪いので、その所有者は強欲の容疑について身の潔白を訴えることができるからだ。ほかにも購入にいたる理由があるにちがいない。この場合の理由とは、製造元から消費者に都合よく提供されたもので、広告戦略で謳っている安全性だ。こういった大きくて高価で贅沢な車を買うのは、心地よくなりたいからとか、成金趣味だからではない(断じてそうではない)。そうではなくて、安全でいたいからなのである。

課題文:Stanley Fish, “The Unbearable Ugliness of Volvos”
出題者:斎藤兆史先生

全体の感想など

 今回の課題は1970年代アメリカの自動車の消費事情について。車名をググったりして背景情報をおおまかに確認しました。後半から構文と内容がむずかしくなったような気がします。
 前回のジャマイカ回の反省から、今回はとにかく原文のあらわす内容をできるだけ正確につかみ、その内容をできるだけ自然な日本語で伝えることをめざしました。そのせいか、原文のword数にくらべて和訳の文字数が長くなってしまいました。
 構造上の主語+は[が]ではなく構造上の主語+なので[なら、として]というふうに副詞的に訳したり、名詞句を名詞節にひらいたりたことが、長くなった原因のひとつかなとおもいます。

序盤

・On a day in the mid-seventies ― it may have varied in different parts of the country and at different universities ― American academics stopped buying ugly Volkswagens and started buying ugly Volvos, with a few nonconformists opting for ugly Saabs.
 直訳すると"On a day in the mid-seventies"は「70年代中盤の、ある1日に」となりますが、冗長ですし、ある1日が重要ではないので「1970年代半ばのこと」としました。
 この"it"は「状況のit」でしょうかね。訳出しなくていいやつだとおもいます。"academic"は形容詞ではなく、ここでは「講師、研究者、大学教員」をあらわす名詞です。
 "parts of the country"は「その国の地域」ですが、そのうしろに"American academics"とでてくるので「その国=アメリカ」ですね。訳としては「アメリカの地域」というふうにアメリカを前にもっていき、うしろのほうをたんに「大学教員」としました。
 "stopped buying"を「買うのをやめた」という日本語だと、大学教員が有意志的に、積極的にフォルクスワーゲンの不買運動をしたようにもとられかねません。車を主語にして「フォルクスワーゲンは買われなくな」って、「ボルボのほうが売れはじめ」たするほうが日本語としては自然かなとおもいます。

On a day in the mid-seventies ― it may have varied in different parts of the country and at different universities ― American academics stopped buying ugly Volkswagens and started buying ugly Volvos, with a few nonconformists opting for ugly Saabs.
 カンマをはさんで文末に、付帯状況をあらわすwith+O+ing(Oが〜しながら)
がついていますね。"nonconformist"は「体制に順応しない人」のことで、Nが大文字だと特に「非国教徒、プロテスタント」を指すようです。
 これはゲームハードでたとえるなら、スーファミの全盛期がすぎたころにプレステが登場して人気と注目を集めるなか、サターンやドリキャスを選ぶセガ信者みたいなイメージでしょうか……。
 訳としては「風変わりな人」としておきました。あとの文章をよんでもサーブの話題がでてこないので、あくまで補足情報ですね。おもいきって( )でくくってみました。
 ところで、画像検索するとボルボもサーブも四角いんですね。フォルクスワーゲンも1960年代のビートルは丸っこいのですが、1970年代には四角い車をだしています。筆者はこの角張った外観を"ugly"と審美的な評価をくだしてるようです。ここでの"ugly"は「醜い」ではなく、もうすこしだけ具体的に「不格好な」と訳しました。
 英語ではおなじ語の使用のくりかえしをさけるはずなのに、3回も連続してつかうのはだいぶ過剰ですね。わたしは「おなじく不格好な」「これまた不格好な」と変化をつけてみました。ここは人によって訳がかわりそうです。採点ポイントのひとつかもしれませんね。

・Now on the surface there would seem to be an obvious explanation for this shift in preference:
 ここでの"Now"は「今」という時をあらわしているのではなく「さて」と注意をひいたり、話題を転換するときにつかう用法だとおもいます。
 "on the surface"は「(実際は違うが)見かけ上は」です。
 There is an explanationは「説明がある」ですが「説明がつく」としたほうが日本語コロケーション的には自然かもしれません。"would"のニュアンスはうまく訳出できていないかもですね。

・on the one hand, graduate student stipends gave way to the more generous salaries of assistant and associate professorships; on the other, growing families required more than a rudimentary back seat.
 "There is A : on the one hand, B ; on the other hand, C."(Aがある。すなわち一方ではB、他方ではCである)というふうに、コロンとセミコロンでつながれていますね。Aの具体例をB、Cとあげています。
 "on the one hand"と"on the other"は「一方で」「他方で」で受験英語としては自然ですが、日常的な日本語としてはなんか不自然な気がするので「ひとつには」「もうひとつには」としました。
 "graduate student stipend"はググると「大学院生奨学金」ですが節にひらいたほうがわかりやすいとおもい「大学院生でもらっていた奨学金」としました。"give way to A"は文字通り「Aに道をゆずる」という意味のときもあるようですが「Aに取って代わられる、変化する」という意味のほうがふさわしいでしょうね。"assistant professor"は「助教授」、"associate professor"「准教授」です。
 "gorwing family"は直訳すると「成長する家族」ですが「これから増える家族(子ども)」のことを指すそうです。「大学院生奨学金」と同様に、ここでも「家族が増えるので〜が必要になった」というふうに節にひらきました。
 "rudimentary"は「初歩的な、未発達の、原始的な」という意味。

中盤

・But the question remains, why Volvos? why not Oldsmobiles, or Chryslers, or Mercury station wagons?
 "the question remains"は、「疑問が残っている」で、つづく"why 〜 "は同格っぽい(筒井先生のいう並置?)感じで、questionの中身を具体的にしていますね。"Why A?"は「(納得できない気持ちで)なぜAということになるのか」というニュアンスになるようです。
 さて、ここまでの構成をふりかってみると、序盤でトピックの導入からはじまって→「見かけ上の説明」を紹介したあと→ここでBUT→そして次のセンテンスで"I think"とあるので、次のセンテンスこそ筆者のイイタイコトなのでしょう。

・The answer, I think, is that Volvos provided a solution to a new dilemma facing many academics ―
 「その答えは、私がおもうに、ボルボは」というところを「その答えとして私がおもうに、ボルボなら」としました。
 "dilemma"は「ジレンマ」でいいかもしれませんが安易にカタカナ語をつかわずに「板ばさみ」としておきました。"face O"は「Oに直面する」ですね。意味的に差はないかもしれませんが「O直面する」とかくともしかしたらちがうかもしれません。
 ところで"a new dilemma"とはなにが「新しい」のでしょうか。ロングマンと課題文の前後をよんでみて「大学院生が教員になって初めて経験するジレンマ」だろうとかんがえました。ロングマン英英にある [UNFAMILIAR] not experienced before(これまでに経験していない)という意味での「新しい」だとおもいます。

・―how to enjoy the benefits of increasing affluence while at the same time maintaining the proper attitude of disdain toward the goods affluence brings.
 前の文の最後にダッシュをはさんで"how to 〜, while 〜"とつづけて"a new dilemma"の中身について長い名詞節で補足してます。
 whileは従属接続詞のはずですがSVがみあたりません。文末の"brings"は関係代名詞節の一部で、affluence brings(豊かさがもたらす)がthe goodsにかかっているはずです。ジーニアス英和をひくとWhile he liked [While liking]…という例文がのっていて副詞節の定型的省略形だとわかりました。
 ダッシュ以降をパラフレーズするとこういうふうになるとおもいます。
 The dilemma is how academics should enjoy the benefits of increasing affluence, while at the same time they maintain the proper attitude of disdain toward the goods affluence brings.
 whileが文頭にある場合は「譲歩」がおおいみたいですが、後置されている場合は「対比」とかんがえていいみたいです。

 このあたりから最後まで、構造がわかって直訳はできたものの、なかなか内容がつかめずにいました。"the proper attitude"は直訳すると「妥当な態度」「ふさわしい態度」です。どう妥当なのか、何にふさわしいのか悩みましたが、冠詞が"a"ではなく"the"なので「教員にとってふさわしい態度」だと気づきました。この気づきから内容理解が一気にすすみました。
 前半と後半に2回"affluence"(豊かさ)がでてきて対比されているということは、それぞれちがうものを指しているはずです。前半の"increasing affluence"は大学院生から教員になって給与があがったことでしょう。もともと水と関係する単語のようなので「経済的に潤う」としました。
 後半の"affluence"はそれと対照的なもののはず。イチ個人ではなく社会全体が豊かになってそこから産まれる商品、つまり「物質文明がもたらす(商品)」だなとかんがえました。聖職者としての教師は物欲にまみれるより清貧であることがもとめられるでしょうから、物質主義に"disdain"(優越感からくる軽蔑、侮辱、高慢な態度)してみせたほうがいいということでしょう。

・In the context of this dilemma, the ugliness of the Volvo becomes its most attractive feature, for it allows those who own one to plead innocent to the charge of really wanting it.
 ところで"ugly"は英英辞典で定義をしらべると"unattractive"という単語がでてきます。つまり"ugly"は"attractive"ではないということなので、できれば日本語でも"ugliness"と"attractive feature"が対になるように訳したかったのですが、結局いい訳語がみつかりませんでした。
 "for"は「補足説明」。この"it allows"の"it"は"the ugliness of the Volvo"を指しています。the ugliness of the Volvo allows O to V.は「ボルボの不格好さがOにVするのを許す」となりますが、無生物主語のままだとカタイので「ボルボは格好悪いのでOはVできる」と副詞的に訳しました。"one"は「不特定のVolvo」、最後の"it"は「特定のVolvo」ということですかね。
 ウィズダム英和に参考になる例文がありました。
 plead guilty [not guilty, innocent] to all charges すべての容疑について有罪を認める[無罪を主張する]
 "really wanting it"は「本当にそれを欲しいとおもうこと」ですが、この罪状では締まりがありません。「カトリックの七つの大罪」に「強欲」があるのでこれがピッタリな気がします。

終盤

・There must be another reason for the purchase, in this case a reason provided conveniently by the manufacturer in an advertising strategy that emphasizes safety.
 in that case(もしもそうした場合には)はみたことがありますが、"in this case"はたんに「この場合」でいいですかね。
 "a reason"は前にでた"another reason"の同格でしょうね。カンマ以降を直訳すると「この場合、安全性を謳う広告戦略の中で、製造元から都合よく提供された理由」となるでしょうが、かなりピンとこないですね。原文の単語のならびと意味を尊重しつつ「この場合の理由とは、製造元から消費者に都合よく提供されたもので、広告戦略で謳っている安全性だ」と訳しました。

・We don't buy these big expensive luxurious cars because we want to be comfortable or (God forbid) ostentatious; we buy them because we want to be safe.
 安井泉『英文法総覧 大改訂新版』開拓社(2022年)のp.680によると"not 〜 because"の形は2通りに解釈できる場合があります。
 ①We don't buy it, because we want to be comfortable.(快適になりたいから、それを買わない)
 ②We buy it not because we want to be comfortable.(それを買うが、それは快適になりたいという理由によるものではない)
 前後の流れから、ここでは②のほうの解釈ですね。
 この"we"は「私達は」と訳すべきでしょうか。しらべてみると筆者のStanley Fishさんは大学教員でした。ただずっと第三者的に「大学教員」の話を展開していたのに、急にweは唐突な感じがしたので今回は無視しました。無視したところで訳には影響なさそうですし。中盤部分で"I think"とありましたが、あれはさすがに省略できなさそうなので「私が思うに」と訳しましたが。
 "ostentatious"は「これ見よがしの、自慢げな」という意味だそうです。なんとなくスネ夫が頭に浮かびました。イメージを優先して「成金趣味」という訳をあてはめてみました。それにあわせて"comfortable"はもっと罪っぽい言葉に置き換えたいところです。「快楽」とかもかんがえましたが、言い過ぎなきがしたので、とりあえず「心地よい」にしておきました。
 
"God forbid"はウィズダム英和によると「⦅話⦆ (…ということは)断じてない, あってたまるか; (…ということが)ありませんように」というくだけた表現のようです。


他の訳文との読み比べ

※後日追記予定


成績・講評をうけて

※後日追記予定

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