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ジャニーズを凌駕! 広島と福岡 1984

80年代初頭、トシちゃん、マッチ、シブがき隊により、男性アイドル界はジャニーズ帝国でありました。それはまるで、野球界でいうところの「読売ジャイアンツ様とその他大勢」のような構図でした。

しかし1983年、意外なところから新人が浮上してきます。それが、欽ちゃん ファミリーの風見慎吾。かわいいお顔で中年層の女性からも大人気。『僕笑っちゃいます』が大ヒットし、それはまるで下位から突然Aクラスに切り込み首位争いに絡む広島カープのようでした。この曲は、ザ・ベストテン年間ランキングにおいては17位と、ジャニーズ陣のどの曲よりも上位です。しかしながら、その後のリリース曲は健闘したものの大ヒットとまではいかず、依然としてアイドル界はジャニーズ勢の天下でした。実際この年、ジャイアンツが優勝し、カープは2位でした。

そして運命の1984年、ついに新勢力が西日本から台頭します。 まず福岡から。そう、チェッカーズ! 前年デビューし、二曲目の『涙のリクエスト』が大ヒット。年間ベストテンの中に3曲が入るほどでした。藤井郁弥のビジュアルとボーカルは今見ても際立っていると思います。

そして吉川晃司の登場! なんつったって、広島から泳いで上京したんだぞ!あの長身逆三角形のスーツスタイルとロック調の『モニカ』は今までになく新鮮に感じられて、世の女性がときめいたものです。この曲はザ・ベストテン年間ランキングで13位とジャニーズ陣のどの曲よりも上位で、この年に出した他の2曲も50位以内と大活躍でした。(泳いだのはデビュー映画ね)

「待ちに待った春の到来とともに、2組のフレッシュなアイドルが芽生えてきましたね。僕をノックアウトした男性ーそう、チェッカーズのフミヤ君と吉川君。なぜ彼等がこうまでも魅力的なのでしょう。まず彼らのルックスとキャラクターが、これまでの男性アイドル⇔女性ファンといった関係をうちやぶり、普段着の男の子として売りだしたところです。もうひとつつけ加えるならば、チェッカーズに吉川君、どちらも地方から上京して、めいっぱい頑張っているといった純真さ(田舎性?)がにじみでていて、気持ちイイのです。」 24歳男性からの投稿 Oricon 1984

1984年、この2組が首都圏チームのジャニーズ勢を凌駕し、形勢を逆転させたと言えるでしょう。それはまるで現在の王者福岡ソフトバンクホークスと近年の広島カープのような勢いです。しかも、なんとこの年、広島カープが日本一になっているではありませんか!

 ■1984年 セントラル・リーグ 順位
   1 広島東洋カープ
   2 中日ドラゴンズ
   3 読売ジャイアンツ
   4 阪神タイガース
   5 ヤクルトスワローズ
   6 横浜大洋ホエールズ
 ■1984年 日本シリーズ
   広島東洋カープ 4勝  ー  3勝 阪急ブレーブス

広島といえばこの年の12月、風見慎吾がブレイクダンス楽曲の金字塔『涙のtake a chance』をリリースします。これが年明けに、吉川の『You Gatta chance』とともにチャートを賑わすわけですね。それはそうとこの二人、それぞれ地元の名門男子校出身で身体能力抜群、曲中回し蹴りしまくりと、広島ってすごいですね。

 TBS ザ・ベストテン 1985年2月14日
   1 ユー・ガッタ・チャンス 吉川晃司 (祝! 初の1位)
   2 そして僕は途方に暮れる 大沢誉志幸
   3 ジュリアに傷心 チェッカーズ
   4 涙のtake a chance 風見慎吾

   5 熱視線 安全地帯

今から数年前、少年隊のヒガシが著書やトーク番組で当時を振り返って、「(一世風靡セピアや)風見慎吾と楽屋で火花バチバチだった」「藤井郁弥とは口もきかなかった」とライバル意識がすごくあったと言っていたけど、やっぱり気にしていたんでしょうね。シブがき隊のヤックンも、チェッカーズや吉川晃司とは遊ばなかったと言うし。

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はがきによるベスト10   TBS  1985

この西日本勢がしばらく首都圏勢を凌いでいきます。一方少年隊も健闘し、80年代後半には光ゲンジが爆発的に売れるのですが、歌番組の力がなくなっていき、90年代を迎えるころには相次いで終了、同時にアイドルという位置がいったん終焉を迎えます。ジャニーズは冬の時期に入りました。

チェッカーズも吉川晃司も本格ミュージシャンの道を追求、風見慎吾も事務所や芸名を変更し、それぞれ心機一転で平成を迎えようとしたのでしょう。野球界では平成の始まりにホークスが福岡に上陸、しばらくは苦難の道を歩みます。広島カープは90年代から約20年、暗黒期を経験します。

このたび80年代男性アイドル勢力をプロ野球で例えてみたけど、結構リンクしてて面白かった! 実は知りもしないのに適当にこじつけているのですが、30年経って見えてくるものもありますよね。これからもがんばれ、地方勢!