未来館ビジョナリーキャンプを振りかえる その3「開幕前夜」
未来館ビジョナリーキャンプ
未来のビジョンを描き、それを実現するアイデアを考え、周囲を巻き込みながら自らも行動できる人=ビジョナリーとして集った15~25歳の若者たちが、「2030年に、私たちはどうやって気持ちや考えを伝えあっていたいか」を語り合う──。そんなイベント「未来館ビジョナリーキャンプ」が東京・お台場にある日本科学未来館で行われました。
3回目となる今回お届けするのは、"対話の場"をつくりだした制作チームの裏話。
「こんなイベント、やってみるかな」
そう思った皆さん、必読です!
なんで未来館でやるの?
日本科学未来館は、国内外から年間140万人(2018年度)が訪れ、科学や技術を社会の中でどう活かしていくかを語り合う場所です。
立場や価値観の異なる人々も未来について対等に話をすることができる、まさに対話の場です。この連載でご紹介してきたキャンプに参加したビジョナリーたちも、研究者、クリエイター、データサイエンティストたちと対等に語りあい、批判に応えながら自分たちのビジョンやアイデアを磨いていきます。
キャンプで選ばれたビジョンとアイデアは、そのあと未来館の展示として制作・公開されることになっています。さらにたくさんの人が未来について語り合うきっかけになることでしょう。
コミュニケーション。ってなんだっけ?
私たちは、毎日たくさんの情報を受け取ったり送ったりしています。重要事項の伝達もあれば、楽しむだけの雑談もあります。そして、それらすべてを、ひとくくりに"コミュニケーション" としています。
未来のコミュニケーションについて話し合うと言っても、そのとらえ方が人によって違っていたら、話し合いも何もありません。
私たち制作チームメンバーは「私にとってコミュニケーションとは?」というお題を自分たちに課して、情報伝達や意思疎通という言葉の上での意味だけでなく、各自が、個人としてのとらえ方を表現しあってみました。
その結果はというと。
私にとってのコミュニケーションは・・・
メンバーA:「互いの溝を埋めるスライム」
メンバーB:「井戸端会議」
メンバーC:「自分を隠す盾」
メンバーD:「共振(によって互いが高めあうこと!)」
(共振とは、揺れているモノに、等しい速さの揺れが外部から加わることで、揺れの幅が大きくなる現象)
「コミュニケーションって何ですか?」
そう問われたときの、一人ひとりの答えは予想通りバラバラでした。
ですが、2つの点に注目しました。
コミュニケーション観は一人ひとり違う。
でも、コミュニケーションには相手がいるとした点は共通。
(人間以外の生物、無生物の場合もあり)
セッション0 自分との対話
私たちは、キャンプへの応募課題として、「あなたにとってコミュニケーションとは?」というテーマで動画を制作してもらうことにしました。この動画制作の過程で、ビジョナリーたちに、自分の"辞書"に書かれた「コミュニケーション」の定義を見つめなおしてもらおうと考えたのです。
送られてきた動画はどれも素晴らしく、一人ひとりが自分と対話し、深く考えた(そしておそらくかなり悩んだ)ことが伺える出来ばえでした。
私たちは、キャンプの最初のセッションでこの動画を使うことにしました。
自分と相手で、コミュニケーション観や一つの言葉に対する解釈が違うことがある。
互いに動画を見せ合うことで、ビジョナリーたちがそのことに気づくのではないかと、私たちは考えました。
何コレ~な空間をつくりだせ!
対話しよう!
と言うのはカンタンですが、参加するビジョナリーたちは15歳から25歳。年齢幅が大きく、所属するコミュニティーも、中学校、高校、大学、勤め先と多様です。
そんなビジョナリーたちが互いの声に耳を傾け、ぶつかりあいながら新しいものをつくりあげていくには、どんな環境があればいいのでしょうか。ビジョナリーたちはみんな初対面です。感じることを素直に話せるかどうか──。私たちは空間づくりが大切と考えました。
そこで、子どもの頃、はじめて友達のおうちに遊びに来て、「おじゃましまーす」と靴を脱ぎ、みんなでお部屋にあがったときのような、そんなドキドキ感覚をシェアしてもらおうと、会場にカーペットを敷き詰め、靴を脱いで集まってもらうことにしました。
最初のセッションは5~6人のグループに分かれて行います。どんな空間なら、年齢や所属の違いを飛び越えて、言葉が飛び交うようになるのでしょうか。チームがねらったのは、全員がはじめて体験する「何コレ~」な空間づくり。そんな空間に彼らを放り込めば、年齢などには関係なく、目の前の不思議な空間を笑うなり、けなすなり、共通の話題から関係づくりが始まるはず、そう企んだのです。
ただし、大きな問題がありました。
「どうすればそんな空間がつくれるか」
区切るもの? 隠すもの? じゃなくてみんなを包むもの
皆さんは、秘密基地で語り合ったこと、ありますか? 互いのヒミツを告白しあった経験がある人なら、息苦しくない程度に囲まれた空間で、思わず打ち明け話をしてしまったことがあるかもしれませんね。
私たちがねらったのも、そんな"自己開示効果"です。
だからって、壁で囲むのはダメ!
息が詰まってしまいます。
ではどうやって、"包まれている"くらいの空間をつくりだすか?
私たちが出した答えはこれです。
カーテン!
それも現れたり、消えたりするカーテン!
互いの顔をそっと見ることができて、感じたことをそのまま話せる、そんな空間をつくりだすために、私たちは天井から降りてくるカーテンを使うことにしました。
カーテンが降りてくることで、グループメンバーがシェアする空間は"同じ家"から"同じ部屋"に代わります。
果たしてその効果は!?
説明するのは野暮ですね。
セッション開始後30分後のビジョナリーたちの表情をご覧ください。
ビジョナリーたちは、互いのコミュニケーション観に触れ、笑ったり、驚いたりしながら、"自分とは違う"相手との対話を楽しんでいました。
ビジョナリーの力を呼び覚ませ!
私たちは、ビジョナリー一人ひとりの潜在能力と、そのチームが生み出す相乗効果を最大限に発揮してもらえるよう、空間のしつらえだけでなく、照明と音がもつ効果を活かすことにしました。セッションの目的に合わせて照明や音を調節することで、ビジョナリーたちの集中や高揚をさりげなくサポートできると考えたのです。
Lights of Encouragement
まず照明。
私たちは、劇場の舞台公演を思わせる照明でファイナルプレゼンテーションを演出することにしました。薄暗いステージに柔らかい色合いのスポットライトを落としてプレゼンターを照らし、反対に、プレゼンターからは、観客の顔がはっきり見えないように照明を調節します。こうすれば、大勢の観客にまだ慣れていない中高生のプレゼンターも自分のパフォーマンスに集中できると考えたからです。
そこに立つビジョナリーたちの姿を想像しながら、何度も照明の高さや角度を変えて、ステージにふさわしい光をつくりあげました。
Sounds of dialogue
続いて音響。照明と連動して音響も雰囲気を作る重要な要素です。私たちは、プログラムの内容に合わせて基本的なムードとトーンを想定し、こんな曲や効果音がいいんじゃないかという音源をかき集めました。そして、一つひとつ会場で流してみたうえで使用する音源を決めました。
当日は、曲や効果音をそのままかけるわけではなく、音量を変化させたり、音に効果を加えたり、その場の雰囲気を感じながら細かく調節します。
たとえば初日のオープニング。出会ったばかりのビジョナリーたちが言葉を交わし始める段階では、小さな音量で軽快なフレーズを繰り返し流します。そして、場の状況を見ながら気づかないほどゆっくりと音量を上げていき、みんなが気づくタイミングで急激に音量をあげ、いきなり無音にしてから、司会の第一声が入ります。
「今から本番モードです!皆さん、準備OKですか?」
音の演出で、全員が自然に本番モードに切り替わるのを促します。
ゆる~い時間
3日間のキャンプ。ずっと集中を維持できるかって?
ムリムリ。
あくまで中年の私の場合ですが。
しかし若者でも、ビジョンを描け!アイデアを考えろ!!なんて3日間言われっぱなしで張り詰めていたらきっとつらい(はず)。
ビジョナリーたちが一息つける空間や時間が必要では? と考えた私たちは、その日にあった楽しいこと、自分の好きなこと、意味なんて全然ないこと、そんなことを思いっきり語りあえるひとときを準備することにしました。
キャンプ中、そんなことができるとしたら、どのタイミングか。
もちろんあのときしかないでしょう!
そう、キャンプファイヤーです!
でもオトナの事情で本物のファイヤーはムリ。
で、どうしたかというと・・・。
火のないキャンプファイヤー
キャンプファイヤーの会場は、セッションを行うホールとは別の部屋にしました。
セッションのホールが劇場的な空間なのに対し、幅広のこの部屋は、一方の壁は木で、もう一方の壁は一面のガラス張りです。
私たちは、木の壁を最大限生かしたいと思い、ビジョナリーたちのポスターを貼り、それを下側から温かい電球で照らしました。そうすることで、ポスターを観に集まった人の顔が、その姿が、「焚火」に染まるように闇に浮かび、キャンプファイヤーが再現されるというわけです。
小さな明かりが素顔を照らす
振り返ると、テーブルに置かれたボール型のLEDライトのやわらかな光が、ゆっくりと色を変えていきます。人の顔よりも高い位置には一切光源はありません。十分な闇と、球状の光、ゆっくりと移ろう色。こうした空間が人の顔を彩り、互いの距離を近づけていきます。
ガラスの壁面から外を眺めると、湾岸都市のビル群が屋上の四隅を赤いライトの点滅で飾っています。あるときはポスターを前に語り合い、あるときは夜景を眺めながら一人ひとりの生い立ちや価値観に触れあうひとときを過ごしたビジョナリーたち。
火のないキャンプファイヤーは言葉だけでなく心の交流も深めてくれたようです。
チームメイキング・セッション
翌朝、この部屋は明るい陽射しにあふれていました。ファイナルプレゼンテーションに向けた最終チーム結成も、ここで行います。
今回は和やかさ抜き。互いのビジョンやアイデアをぶつけあい、「君と組みたい」と伝えあう場面です。私たちは口を出しません。ビジョナリーたちは、自分たちで目標や役割分担を話し合い、チームとなるのです。
本音を言うと、私たちが最も心配していたのはこのセッションでした。
(メンバーの取り合いとか一人ぼっちさんが出たらどうしよう!)
しかし、私たちの心配は杞憂に終わりました。ビジョナリーたちは明るい太陽の光の中で、しっかり相手の顔をみて気持ちを伝えあい、組織化を遂げました。私たちが介入した場面は一切ありません。このことは、チームにとって、最も大きな成果の一つです。
チームビルディング・ミッション
ファイナルチームを結成したビジョナリーたちがガラス張りの部屋からセッション会場に戻ってくると、さっきはなかった絨毯、抱き枕、ちゃぶ台、テーブル、大小さまざまな椅子が散らばっています・・・。
(ビジョナリーたちがランチをとっている間、私たちは大道具をあっちへこっちへ。)
さっそく、チームが結束を強くする共同作業が始まりました。好きな場所を選び、そこらへんにあるモノを自由に配置してオリジナルの作業場をこしらえる、つまり "巣作り" です。
こうしてビジョナリーたちは最後のミッションであるファイナルプレゼンテーションに向けた準備を開始したのです。
キャンプ場の整備、そこに至る道の整備
私たち制作チームは、キャンプ場の整備、つまり空間・照明・音響づくりがはじまる前から、様々な準備をしていました。その1つ、 "仕込み"についてお話します。
2030年.そのとき世界は? そしてあなたは?
キャンプでは、年齢も興味の対象も異なる若者たちが10年ほど先の2030年の自分と社会について語りあいます。
向かいたい未来のビジョンを描いてもらうために、まず、現時点で予測されている2030年の社会の状態、つまり向かいつつある未来について、データを基に語り合ってほしい、私たちはそう考えました。
人口、高齢化、環境、そして家族のカタチ。コミュニケーションの舞台となる2030年の世界や日本、そして私たちの日常生活はどのように変化すると予測されているか。私たちは様々なデータを紹介する資料集をつくり、キャンプ開幕前にビジョナリーたちに送っていました。データの多くは将来に不安を感じさせるものでしたが、ビジョナリーたちは資料集をしっかり見てキャンプに臨んでくれました。
Webサイト ~キャンプを共有できる場所~
キャンプ開幕に先立って、特設Webサイトを立ち上げました。このサイトはビジョナリーキャンプへの応募を呼び掛ける場所であると同時に、もう一つ、大切な役割をもっていました。
「ビジョナリーになりたい!けどキャンプには参加できない!」という人に、コミュニケーションに関する最近の研究を紹介したり、ソーシャルネットワークサービス(SNS)を介してキャンプで行われたことやビジョナリーたちの声を届けるための場所でもあるのです。
ビジョナリープロジェクト特設サイト
https://www.miraikan.jst.go.jp/sp/miraikanvisionaries/
ビジョナリーキャンプ公式twitter
https://twitter.com/home
ぶっとんでていいんだ! って伝えたい!
常識の枠から飛び出せ!
なんて言葉で書かれても、ハイそうします、と受け取る人はまぁいないですよね。そう考えた私たちは、「どんなことをするイベントなんだろう?」という参加者の疑問に対して、デザインで答えることにしました。
表現するのはシンプルなメッセージ。
「なんでもありなんです」
枠がないこと。それを伝えるデザイン。見た瞬間、「あっ、ぶっとんでてもいいわけね」と感じてもらう方法として、イラストをメインにしたデザインにしました。描いてくれたのは、京都の大学に通う、ビジョナリーと同年代のイラストレーター。彼女が描いた2030年のコミュニケーション場面をじっくりご覧ください。
誰が、誰と、いったい何をしているのか。
皆さんにはコレ、どんな場面に見えますか?
予告編動画では、この素敵なキャラクターたちが、私たちの日常生活に飛び込んでくる場面が描かれています。
それは新しいテクノロジーが次々と日常生活に入り込んでくる現代社会そのものです。さまざまなテクノロジーに囲まれて、私たちはどんなコミュニケーションをしていきたいのか? それを大勢の皆さんと考えていくことが、このプロジェクトの大きな目的の1つです。
開幕前夜
私たち制作チームはキャンプに集ってもらうための道すじをつくり、セッションを考え、空間・照明・音響をしつらえました。
制作チームができることはここまで。あとは彼らが自力で離陸するのを見守るだけです。
ビジョナリーたちはキャンプを通して、研究者やクリエイター、データサイエンティストと語りあって自分の考えを深める"インプット"(その2を参照)と、ビジョナリーどうしでビジョンやアイデアを形にしていく"アウトプット"(その1を参照)を交互に繰り返してきました。そして自分のペースで成長し、めざしたい未来のビジョンを描きはじめています。そこに向かうアイデアを形にしはじめています。
キャンプもいよいよ最終日のファイナルプレゼンテーションを残すのみ。
そして2019年3月30日。
未来館ビジョナリーキャンプ、最終幕があがりました。
その4に続く
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