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2022.7.22 いぬのおまわりさん


どうもね。お久しぶりね。

書けてない書きたいこといっぱいあるな。
余力はない




仕事帰りに本をしこたま買った。本をしこたま買うのはとても気持ちがいいから。



本屋に行くのが好きだが、今日は何も欲しいものがないなということもよくある。あれもそれも読んでみたいと惹かれまくるときもある。それはうれしいことだから、出会いだと思って買う。運命なのだからね。


小説を一冊読んだ。わたしは本を読むのがおそらく平均の8倍くらい遅い(誇張じゃないと思う)ので一日で読み切るのはかなりコトだ。だからそれだけですごいことをした気分です。とてもよかった。


読みながら2回泣いた。涙を誘う意図はほとんど含まれていない内容のものだったはずだが…。

きのうは海外のオーディション番組で合格する人たちのまとめ動画をみて結果は分かっているのに毎回爆泣きし、夜には高橋優くんの配信ライブでしっとりと泣いた。泣いてばかりいるこねこちゃん



わたしは幼い頃から母に「あなたは感受性が豊かだからねぇ…」と頻繁に言われて育ち、当時は全くピンとこなくてそんなこと言われたって今この瞬間の胸の動きには何の救いにもならんわい、という感じだったのだが、最近になってわたしって感受性が豊かなのかもしれないなと本気で思いはじめている。(ただ単に情緒不安定なのでは?と言われりゃそうかもなとも思います)



あるいは共感力が高いということなのだろうか?怖いものや暗いニュースが極端に苦手なのも関係している気がする。情報を取り入れた上で苦手なのではなくて、ほんの少し掠めただけで胸が苦しくなり少し息がしづらくなる感覚があるのでなるべく耳を塞ぐようにしている。


例えば戦争のこととか、世の中のイヤな面から目を背けるのは良くないのかもと多少思ったこともあったが、自分のはなんかそういうのとも違う気がする。ショックを受けやすいというか、引きずりやすいというか、うまく表現はできないが…。

高校生のときに修学旅行前の学習で戦争映画を全員観なきゃいけなくなったとき、めちゃくちゃ厳しくて例外を認めないタイプの担任に「わたしはこれをどうしても観たくない、観られない」という旨をものすごい勇気を振り絞って必死に伝えたとき、鼓動がすごく早くなって目に涙が滲んだのを今でも覚えている。なんか、この心の感覚が完全には伝えられないのが悔しくて。


あれほど厳しかった先生がそのときばかりは只事じゃないと思ったのか困った顔で了承してくれた。先生のこときらいだったけど、あのときはありがとね。



友達の病んだ発言なども苦手だ。苦手というよりほとんど拒否反応に近い。これはわたしの本当によくないところなのだけれど、自分には簡単に救うことの出来なさそうな病みのスパイラルに陥っている相手のことは見続けることができなくて関係ごとつっぱねてしまうことがある。心を引っ張られたくないという気持ちの方が強いのだろうな。

防衛は自分にしかできないので大事なことだとは思うけれど、冷たいよなぁ。やだな。でも今のわたしには他にやりようがないな。



落ちていってしまわないように、必死にやっている。へこむこともあるけれど自分の感受性を飼いならそうとかなり奮闘しているし、なんだかんだ頑張れてる方じゃないかなぁ




なんの話だっけ。読んだ本がすげぇよかったってだけの話だったのに。


本、よかったです。でも何の本を読んだのかって言うの結構いやかも。映画とかならまだ言えるけど、本はいやかも。自分が手に取る本ってあ〜〜〜自分みたいな人が読んでそ〜〜〜〜って感じのばっかでそこの嫌さあるし。でも良いのも事実〜〜


とにかくさ、何回も言うけどおれは自意識が超過剰ってワケ!


はい!おわり

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