見出し画像

山中貞雄監督作品雑感

山中貞雄作品の保存状態

 戦前の映画監督、山中貞雄作品のうち、それでも映画の体を成している現存作品は『百萬兩の壺』『河内山宗俊』『人情紙風船』の3本。現在ではこれらすべてが4Kリマスターされて、画面の揺れもほとんど気にならず、音声も聴きやすくなってありがたいかぎり。

 これらは全部その残存状況が異なっているようですね。いちばんいいのが東宝の『人情紙風船』で、これは東宝マークが差し替えられた戦後公開版のネガ(もちろんオリジナルではないだろうけど)が残っているようですね。
 日活の2作については、『百萬輛の壺』は映倫番号が入っている時代のプリントからさらにGHQがチャンバラ場面をカットしたとおぼしきもの。クレジットタイトルがオリジナルから改編されているんじゃないか、という説もありますね。そしていちばん状態が悪いのが金銭的な問題で縮小保存された16㎜しか残っていない『河内山宗俊』。いやそれでも保存されてるだけありがたいんだよなあ。

 IMAGICAが担当した日活のリマスターについては詳細なweb記事(1)(2)が読めますね。また東京現像所が担当した『人情紙風船』リマスターについては特定の記事をさがせませんでしたが、「アナログからデジタルへ ー 黒澤映画編(前編)(後編)」など、修復に関する記事がたくさんみつかります。

 『人情紙風船』はただでさえ状態がいい上に、リマスター作業で画面の細かいガタつきがものすごく自然なレベルにまでおさえられているので、見やすいことこの上なし。知らない人に「これは昭和30年代の映画だよ」と言っても信じる人がいるんじゃないだろうか。
 自分は1990年の「昭和天皇大喪の礼」の日にテレビ東京で放送されたときが初見でした。「戦前にもこんな“魅せる”映画があるんだなあ」という衝撃を受けたことを憶えています。
 『百萬兩の壺』はDVDリマスターが初見でした。評判が高い映画だったので、できるだけいい状態のものを見たいと思っていました。現在はそのDVDリマスターよりもはるかに画も音もいい状態なので、まだ未見の人はぜひ4Kリマスターで見てほしいです。
 『河内山宗俊』は3本の中でも状態が劣悪だというので、結局ちゃんと見たのは4Kリマスター(2Kダウンコンバート)が初でした。これならぜんぜん見づらくない。音も「なに言ってるかよくわからない」と昔から評判の作品でしたが、リマスターはそんな印象はまったくありませんでした。

 山中貞雄監督作品をこれから見ようと思っている人は、アマプラにあるような中途半端な古いマスターのものではなく、ぜひ4Kリマスターのもので見ていただきたいものです。

それぞれの作品の感想

 自分はやっぱり『百萬兩の壺』がいちばん好きで、次は『人情紙風船』ですかね。
 それぞれに不満がないわけではなく、『百萬兩の壺』はちょび安が孤児になるエピソードがちゃんと描かれる必要あったのかなと。全篇が明朗爆笑喜劇なだけに、あの部分だけがどうにも可哀想でなりません。ちなみにタイトルの「ちょい安」は単純に「ちょび安」の誤字だよねえ。
 『人情紙風船』は、中村翫右衛門のほうはそれなりにいろいろやってるからまぁ仕方ないとして、どうしてあそこまで河原崎長十郎の手紙が受け取ってもらえないのか、毛利にそこまでなにか後ろめたいことがあるのかがあまり語られないので、なんとなくモヤモヤ感があるなあ。しかしこれだけ陰惨なお話なのに、陰惨なショットがひとつもないのがすごい。全部「見せず」に表現してる。その「見せないテクニック」が圧倒的すぎる。
 そして『河内山宗俊』はまだ鑑賞回数が足りない。それなりにおもしろいとは思ったので、何回も見ればもっと愛着が湧くかな?

 しかし『百萬兩の壺』はともかく、『河内山宗俊』、遺作『人情紙風船』と内容がどんどん鬱に傾倒していくのが気になってしょうがない。作品そのものの完成度はどんどん高くなっていくんだろうけど、もし戦病死しなかったときにこのままもっと鬱な映画ばっかり撮る作家になっていったとしたらちょっとやだなあ。
 「『人情紙風船』が遺作ではチトさみしい」が、「今後は『人情〜』みたいな鬱映画だけでなく、もっともっと明るく楽しい娯楽映画も作りたいなあ」という意識による言葉だったらいいのになあ。

『炎のスクラムトライ -わが山中貞雄傳- 《仮題》』

炎のスクラムトライ -わが山中貞雄傳- 《仮題》』シナリオ表紙

 山中貞雄を追い続けた映画監督:黒木和雄が晩年に企画し、シナリオ化まで進むも実現しなかった映画『炎のスクラムトライ -わが山中貞雄傳- 《仮題》』。
 企画:三浦大四郎、脚本:竹内銃一郎、監督:黒木和雄。登場人物は山中貞雄、相原怜子(原節子)、梶原金八の残り七名、山上伊太郎、小津安二郎、大河内伝次郎など。

『丹下左膳』最新作に相原怜子を口説く

 舞台は昭和11~13年の日活太秦撮影所。『百万兩の壺』のあと、林不忘追悼企画としてもういちど『丹下左膳』モノを撮ろうとする山中貞雄を中心に、鳴滝組や彼らを取り巻く映画界の人々を明るく楽しく描く群像劇。
 孔雀の羽が開かずに四苦八苦する稲垣組(実際は戦後のエピソードだけど)や、なにかがあるたびにやたらと乾杯したがる鳴滝組の面々、素っ頓狂なアイディアを提案してくる薮の神様(伝次郎)のエピソードなどが笑えます。そして映画を見終わったあとには山中作品をはじめこんな楽しい連中の作った映画をたくさん見てみたい、と思わせてくれる内容です。

 現代のCG技術なら昭和10年代初期の鳴滝周辺や太秦界隈、先斗町などを再現できるだろうから、いまからでもいいから映画化されたらめちゃくちゃ楽しい映画になるだろうなぁ。というより、実現しなかったのはこの映画が企画された当時(シナリオでは現代を「1984年」としている)では、そのロケーションがむずかしかったんじゃないのかなあ。だったらいまなら行けるのでは?

シナリオ冒頭。「一九八四年」

 山中貞雄のキャスティングはいまなら誰が適役でしょうか? しばらく前なら嶋田久作あたりだったんだろうけど。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?