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雨の七夕~男を落とす浴衣

都心の呉服屋に、ひとりの若い女性がやってきた。

「あの……。ごにょごにょ。」

女将が対応する。

「いらっしゃいませ。はい、どんな品をご所望でしょうか?」

なんか、陰気な女性ね、と女将はいぶかしむ。

「男を……。男を落とせる浴衣がほしいんです!」


いきなり大きな声で女性が言う。


ははーん。陰気に見えても、やっぱりお年頃ね、と女将は思った。


「まあまあ、それはいいところに来てくださいました。ありますよ。男を一発で落とせる浴衣が。ふっふっふ。」


「え! 本当ですか?」



「本当ですとも。お客様のように、素直に気持ちを伝えてくださる方には、ぴったりですよ。えーっと……。はい、これです。」


そこには、水色と白を基調とした、星の模様のある美しい浴衣があった。


「きれい……。」

「ええ、『雨の七夕』という名の浴衣でしてね。かの徳川吉宗が大奥で、一目ぼれした女性が着ていた浴衣だと言われています。もちろんレプリカですが。」



「あの、マツケンサンバのモデルとなった人……?」

「いやあだ、お客さん。マツケンサンバにモデルなんていませんよ。名君と知られた、第八代将軍、徳川吉宗です。」


女性は顔を真っ赤にして、うんうんとうなづく。


「この浴衣を着た女性に一目ぼれして、生涯、仲睦まじく、愛し合ったそうですよ。」


 

素敵。
女性はそう思った。これなら、いけるかも。

「じゃあ、これ下さい。帯はどんなのがいいかしら?」


「こちらの『織姫の舞』がよろしいかと。」



「わあ、きれい。ではこれにするわ。」


女将は、にこにことほほ笑んで、試着した女性に、


「とてもお似合いですよ。」

と言った。
 

「それから、向かいにうちと提携している美容院がありますから、そこで、うちの浴衣にぴったりの髪型にセットしてくれますよ。はい、これ割引券。」

女将は気を利かせた。
 


「わかりました! 実は七夕にデートするの。美容院にも行ってみますね。」

女性は、満面の笑みを浮かべて店を去っていった。

「ありがとうございました~。」
 

 
七夕の夜。

女性は、「雨の七夕」を来て、髪をセットし、待ち合わせした駅前で彼を待っていた。七夕なのに、晴れてよかった! なんて考えながら。
 
あら、1時間も前に着いちゃったわ。でも、待つのも楽しいわね。
 

すると、駅前から彼が階段を下りてきた。

「え、あの女の人は誰……?」

なんと、赤ちゃんを抱っこした女性と、談笑しながら歩いている。
 

そのとき、ミカは彼と目が合った。

ぴかーん。


「き、君は、ミカちゃん?」
「そうよ。ちょっと早く着いてしまったの。」
「なんて……。なんて美しいんだ……。」

「トオルくーん、その人誰?」


 
赤ちゃんを連れた女の人が、彼を呼んだ。

「あ、ああ、ミカちゃんって言うんだ。ああ、キレイだ……。」


ミカは思った。
 

「トオルは完全に落ちている。この浴衣のおかげね。でも、妻に子どもまでいたなんて。不倫なんてごめんよ! 慰謝料取られちゃう!」
 

奥さんがこちらをにらんでいる。
ミカが言った。
 

「奥様、誤解ですよ。わたし、たまたま通りがかっただけですので。では失礼します。」



トオルが慌てる。

「待って、待ってミカちゃん。君こそは……。」
「君こそは、なんなの?」


と奥さん。まるで般若のような顔だ。
 


きびすを返して、すたすたと歩きだすミカ。遠くから、

「ゆっくり話してもらうわよ!」
「ミカちゃーん!」

という声が聞こえる。
 


くくく。実験成功。

「ホントに男が落とせる浴衣だったとわかったわ。トオルはしょせん、キープだったし。さ、本命が待っている待ち合わせ場所に向かおうっと。」


 
そうしてミカは、本命彼の待つ南口に向かって行った。

しかし、駅で待っているうちに、いろいろなところで、ぴかーん、ぴかーんと、多くの男たちがミカを見初めた。ミカの後ろを、ふらふらとついていっていることに、ミカは気づかない。

 
「おれの2号に……。」
「結婚していても、いいかい?」
「真剣な不倫をしないか……。」

男たちはそんなことをつぶやいている。
 

やはり、「大奥」で吉宗を落とした浴衣である。吉宗にはとっくに正妻がいた。

つまり、既婚者ばかりが、つぎつぎに落ちていっているのだ。
 


南口で会った本命彼も、一発で落ちた。
ふたりは、タクシーで、どこかへと向かって行った。
 

「ああ、しあわせ! 彼も落ちたわ! この浴衣、サイコー! 早く結婚したいなあ!」



と、ミカは幸せをかみしめる、
 
しかし。
ミカには隠してはいたが、本命彼もまた、既婚者であった。


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