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告知:オンライン市民公開シンポジウム   糖尿病患者の“生きづらさ”について考える 医学、社会学、文化人類学、臨床心理学、そして当事者の立場から

シンポジウムへの参加申し込み方法は一番最後にURLを記載しています。

■はじめに

「生活習慣」という単語に「病」という漢字を付けて命名された「生活習慣病」という造語に対して、私は以前より強い違和感を感じていました。元々は生活習慣に注意することで病気の予防に繋げようという意図があったと言います。しかし、その用語はその後「乱れた生活習慣によって発症する病気」と誤って解釈されるようになりました。元来、生活習慣は個人の生き方、思考方法、価値観、嗜好などと一体不可分な関係にあります。このため「生活習慣病」という呼称は当事者の生き方や人格までが批判の対象とされてしまう恐れがありました。東京大学大学院・保健社会行動学分野の橋本英樹教授はその著述()の中で「日本語の生活習慣病という訳語は主に日本に蔓延るローカルな方言であり、国際的にはもはや死語となった用語である」と述べておられます。にもかかわらず、なぜ我が国ではその後20年余に亘って生活習慣病なる用語が使われ続けているのでしょうか?

■生活習慣病という社会的意味に苦しむ人たちの声を伝えたい

2020年、私は私の外来に通院されている2人の患者さんと共に「生活習慣病を死語にする会」を立ち上げました。今日、糖尿病関連スティグマ、肥満スティグマなど「スティグマ」という言葉が注目されています。「スティグマ」とは先入観や固定観念で、人が望まないような特性で個人にレッテルを貼ること、つまり、知らないうちに誤った知識や情報に惑わされて、特定の人たちに誤ったレッテルを貼ってしまうことを指します。私たちはスティグマのない社会、スティグマのないケアを実現することをめざしています。診察室で患者さんと話をする中で、またSNS上で出会う多くの糖尿病をもった人たちと接する中で、「生活習慣病」という言葉が生み出した社会的意味(ステレオタイプやラベリング)が過体重や糖尿病を持つ人々を苦しめ、彼らから人生の楽しみや社会参加の機会を奪っていることを肌で感じています。こうした社会からの無言の非難を怖れるあまり、多くの人が社会から責められていると感じています。SNS上で出会ったある女性は「とにかく生活習慣病という言葉だけははやくなくなって欲しいと切実に思います」と語りました。また20代前半で2型糖尿病を発症したある女性は「発症から20年以上経った今も、わたしは生活習慣が悪くて発症したのだから社会から責められたとしても仕方がないと思っていることに、最近気づきました。でも、これって仕方がないことではないですよね」と語りました。また健康診断で受診勧奨を受けても受診を先延ばししたり、医師から投薬やインスリン療法の開始を勧められても同意できない人の中には治療を開始することで生活習慣病患者という負の烙印を決定的に押されてしまうことを怖れている場合も少なくないようです。このように糖尿病をもつ人々は生活習慣病という言葉がもたらす社会的意味に深く絡み獲られてしまっている現実があります。

■「生活習慣病」がスティグマとなるまで

画像1「糖尿病=生活習慣病」とする最大の弊害は「糖尿病=個人の生活習慣の問題、だから罹った個人の責任」といった自己責任論を社会に広く流布したことです。「生活習慣病」という呼称は1996年12月、当時の厚生省 公衆衛生審議会によって、「成人病」に代わる呼称として提唱されました。これは本来、医学用語ではありません。糖尿病は遺伝素因と環境要因、個人の生活習慣が複雑に関与して発症します。「生活習慣病」という呼称は、糖尿病の発症に関与する要因は多重に存在するにもかかわらず、医療専門職による介入指導が可能で、かつ患者の努力の範囲内でコントロールできるものとして「個人の生活習慣」に注目し、それを病名に取り込んだ結果、あたかも「個人の生活習慣」が原因であるかのような誤解が生まれました。この「生活習慣病仮説」は国民の間に深く浸透し、保健医療従事者の中にも「生活習慣病仮説」は広く普及しています。かつては患者さんを集めて行う糖尿病教室においても「糖尿病は『遺伝素因』と『悪い生活習慣』で発症します。遺伝素因を変えることはできません。したがって、治療法は皆さんのこれまでの『悪い生活習慣』を改善することなのです」といった教育が行われていました。こうして、「生活習慣病仮説」は日本中に広まり、「固定観念化」しています。 

■糖尿病発症をめぐる社会的要因 

糖尿病発症には遺伝的素因が深く関わっており、生活習慣は発症の引き金に過ぎません。しかも生活習慣の形成にはさまざまな社会的要因が関係しています。にもかかわらず、我が国では「糖尿病や肥満は自己管理や自己責任の欠如が原因である」というような科学的根拠に基づかない不正確な誤解や偏見が定着しています。その結果、発症に深く関わっている個人を取り巻く文化、社会、経済的な影響(健康の社会的決定要因Social Determinants of Health、SDHと言います)が軽視されています。これらの影響は健康格差につながる可能性があります。近年の社会疫学研究は喫煙や肥満、糖尿病の罹患率・死亡率などは所得や学歴・人種など、社会的に不利な立場に置かれている人々において疾病負担が大きいことを明らかにしています()。そして、こうした社会的に不利な立場に置かれている人々に「生活習慣病」の概念が適用されることへの批判が高まっています。このように「生活習慣病」という用語の使用は糖尿病を持って生きる人々への不当な差別を生むだけでなく、医療専門職が生活習慣ばかりに注目し、個人を取り巻く社会経済的な環境に目を向けることを妨げています。

■糖尿病関連スティグマから生まれる分断

生活習慣病という用語から生まれたスティグマによって、同じ糖尿病でありながら、1型糖尿病と2型糖尿病当事者が分断され、互いに傷つけ合う歴史が生まれました。以下の若年発症2型糖尿病女性の手記は当時の空気を色濃く残しています。


以下、引用開始。
1型の人たちは自分のせいでなったのではない、でも2型の人は自業自得だ。一緒にしないでほしいという意識が強く、2型の人はその話になるたびに もうそれはそれは悲しい思いをしてきました。同じ病気の人が同じ病気の人を傷つけるって本当に悲しいです。だって、1型でも2型でもなりたくてなった人は一人もいないし、みんなそれぞれにつらい思いをしてきたはずです。苦しさは変わりません。1型は難病だ、何万人一人だ、自分のせいではないという鎧がありますが、2型にはありません。結局どこへ行っても劣等生のレッテルを張られてしまうわけです。若いときから しなくてもいい苦労を背負わされ、その苦労も理解されずに劣等生扱いされると感じるヤングの2型の方はまだまだ多いのではないのでしょうか。(「生活習慣病を死語にする会」Facebookグループへの投稿記事からご本人の許可を得て引用)


インターネットが普及し、多くの情報が共有された現在、状況は少しずつ変わりつつありますが、2つの文化の溝はまだ完全には埋められていません。その理由の多くは生活習慣病仮説に基づく糖尿病関連スティグマにあると、私は考えています。

■本シンポジウムがめざすもの

私たちは今後、多くの人々が、政府、厚労省に「生活習慣病」という用語の使用を禁止するように働きかけていく機運を高めていくことが糖尿病や肥満者に対する差別、スティグマに対抗していく有効な手段と考えています。そして、近い将来「生活習慣病」という用語が廃止されることで、スティグマのない社会を実現したいと考えています。
 今回のシンポジウムは、第1部では糖尿病専門医、文化人類学、社会学、臨床心理学の専門家の立場から、第2部は1型糖尿病当事者、単一遺伝子による優性遺伝が証明されているMODY(家族性若年性糖尿病)家系の当事者、そして若年発症2型糖尿病当事者、それぞれの立場からご発表いただきます。そして第3部で総合討論を行いたいと思います。保健医療に従事する皆さま、糖尿病をもって生きる皆さまとそのご家族、こうしたテーマに関心をお持ちのマスメディアや一般の皆さまなど、一人でも多くの方々にご参加いただけたら幸いです。参加をお待ちしています。
      2021年10月10日「生活習慣病を死語にする会」代表 杉本正毅

参照文献

※橋本英樹:「生活習慣病」というラベルの歴史と国内外の動向、そして功罪、糖尿病プラクティス、38(2):164〜168、2021

オンライン市民公開シンポジウムのプログラム
日時:2021年12月12日(日)、10:00〜15:00
第1部:10:00〜12:30
 <30分昼食休憩>12:30〜13:00
第2部:13:00〜14:20
第3部:14:20〜15:00

第1部講演:生活習慣病という呼称から生まれる“生きづらさ”の本質に迫る
司会:杉本正毅先生(バイオ・サイコ・ソーシャル糖尿病研究所代表/東京衛生アドベンチスト)
10:00〜10:10

糖尿病病因論の立場から 鈴木和代先生(京都大学大学院医学研究科客員研究員)
10:10〜10:40
社会学の立場から    鈴木智之先生(法政大学社会学部 教授)
10:45〜11:15
文化人類学の立場から  磯野真穂先生(慶應大学大学院健康マネジメント研究科)
11:20〜11:50
臨床心理学の立場から  竹田伸也先生(鳥取大学大学院医学系研究科、教授)
11:55〜12:30

≪30分休憩≫ 12:30〜13:00                                                                                                        12:45〜12:55  DiPex Japan 糖尿病の語りプロジェクトのご案内                                            聖路加国際大学 高橋奈津子さん

第2部:パネルディスカッション
生活習慣病というラベリングによって生まれるスティグマと社会の分断の解消に向けて
パネリスト
1. 糖尿病関連スティグマについて 杉本正毅先生
  13:00〜13:20
2.  1型糖尿病当事者の立場から:次世代の子ども達に誤解と偏見のバトンを引き継がせないために         
  東海林渉先生(東北学院大学教養学部人間科学科 臨床心理学)
13:20〜13:40
3. MODY家系に生まれて OTさん
 (MODY:単一遺伝子異常による家族性若年糖尿病)
13:40〜14:00
4. 若年発症2型糖尿病当事者の立場から シェイ奈美さん
14:00〜14:20
          
第3部 総合討論 14:30〜15:00
 司会 :杉本正毅先生、鈴木智之先生
パネリスト:鈴木和代先生、東海林 渉先生、磯野真穂先生、竹田伸也先生、OTさん、SNさん

パネリストの紹介(あいうえお順)

杉本正毅

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バイオ・サイコ・ソーシャル糖尿病研究所代表。50才のときナラティヴ・アプローチと出会い、医療人類学に魅せられ、病い体験や病いの意味を尊重した糖尿病診療をめざすようになりました。独立糖尿病専門医として週5日の糖尿病専門外来を担当、チームスタッフと共に患者さんのライフスタイル、価値観、健康信念、食文化などを尊重した診療をめざしています。2020年、私の外来に通院中の2人の患者さんと共に「生活習慣病を死語にする会」を立ち上げ、アドボカシー活動にも力を入れ始めました。今回のシンポジウムを企画しました。どうぞよろしくお願いします。

磯野真穂先生 

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独立人類学者。専門は文化人類学・医療人類学。博士(文学)。早稲田大学文化構想学部助教、国際医療福祉大学大学院准教授を経て2020年より独立。身体と社会の繋がりを考えるメディア「からだのシューレ」にてワークショップ、読書会、新しい学びの可能性を探るメディア「FILTR」にて人類学のオンライン講座を開講。著書に『なぜふつうに食べられないのか――拒食と過食の文化人類学』(春秋社)、『医療者が語る答えなき世界――「いのちの守り人」の人類学』(ちくま新書)、『ダイエット幻想――やせること、愛されること』(ちくまプリマ―新書)、宮野真生子との共著に『急に具合が悪くなる』(晶文社)などがある。(オフィシャルサイト:www.mahoisono.com / Blog: http://blog.mahoisono.com)

鈴木和代先生

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京都大学大学院医学研究科客員研究員、日本糖尿病学会専門医。私の糖尿病診療のモットーはお師匠さんの教えでstand by youです。ナラティヴ・メディスンを実践されている杉本先生を尊敬しており、みなさんと“生きづらさ”(スティグマ)の克服に向けてお話ししたいと思っています。

鈴木智之先生

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法政大学社会学部、教授。社会学の視点から、病いの経験とその語りについて考察を進めている。アーサー・W・フランク『傷ついた物語の語り手』の翻訳、自己免疫疾患の当事者でもある哲学者クレール・マランの著作の紹介と分析などを行うとともに、先天性心疾患とともに生きる人々の生活史の聞き取りを学生とともに継続しています。病いをめぐる言葉の働きと、病いを生きる人々の生の力の交わりを解き明かしていくことが、これらの仕事の課題です。

東海林 渉先生

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東北学院大学教養学部人間科学科、准教授。1型糖尿病を持ちながら大学で糖尿病患者の心理、特に周囲のサポートや病いの「引き受け」について研究をしています。また、病院の糖尿病代謝内科で心理士として働いています。今年で患者になって19年目を迎えました(ようやく中堅に足を踏み入れたくらいでしょうか…)。患者としての経験を研究や医療に生かし、1型2型に限らず,多くの人が自分にも他者にもやさしく生きられる方法を探っています。

竹田伸也先生

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鳥取大学大学院医学系研究科、教授。「生きづらさを抱えた人が生まれてきてよかったと思える社会の実現」を、臨床研究者としてもっとも大切にしたい価値に掲げ、臨床心理学の立ち位置から活動を進めています。最近は、強靭で持続可能な相互扶助について関心を寄せ、様々な専門家や支援者とともに「支えを必要とする人がいれば、できる範囲で力を届けよう」という人々のつながりによって基礎づけられた共同体の成長に向けて、チャレンジを進めています。

シンポジウムへの参加方法

以下のサイトからチケットを購入できます。

https://peatix.com/event/3051955/view














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