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月曜日のおばさん

月曜日は気が重い。60歳になれば気楽な年金生活が送れると思っていたのに、今は人生100年時代。年金定期便のはがきを見ると、私が受け取れる年金は年額で100万円に満たない。これではまだまだ働かなくちゃ暮らしていけない。最近知ったことだけれど、私の年代は65歳からの支給開始という仕組みになっているらしい、なんてこった、気が重い。

気分を晴らそうと、いつものコンビニで月曜日の朝に買っているお気に入りの菓子パンを手に取ったが、20円値上がりしていた。 100円コーヒーも最初は便利で安いと思っていたけれど、インスタントコーヒーを持ち歩いてその都度お湯を入れて作って飲んだほうが安上がりだと思うようになった。どうも、私はどんどん貧乏くさくなっていく気がする。 そんなことを考えると、晴れ渡った月曜日も気が重い。

職場に到着して、休憩室でパンを食べながらコーヒーを飲んで一息ついていると、同じ時期に派遣で入社したマキコがやってきた。ひとしきり家族の愚痴を言って「じゃあね」と彼女は立ち上がった。月曜日の朝から他人の愚痴を聞かされるなんて。本当は私だって、値上がりしたパンの愚痴を誰かに聞いてほしかったのに。 ネタにもできなかった出来事がかわいそう。他に親しい人もできない派遣社員ライフ。これもまた、なかなか気が重い。

そして執務室に入る。デスクについてパソコンの電源を入れるとすぐに「あれして」「これして」と、年下上司からの指示が飛ぶ。いいんだよ、もちろん、私は派遣社員だし。かつて部下にあれこれ仕事をお願いしていた時にも私はこんな風に相手の感情を逆なでするような言い方をしていたのかな。そう思うと、抵抗感と反省の念に挟まって痩せる思いだ。 ああ、今日も素直なおばさんを演じなきゃいけないのか、気が重い。

年を取ったせいなのか、記憶力の低下を感じることもある。いやいや、もともと記憶力は特別いいというわけでもなかったじゃないかと、思い直したりして。人の名前が覚えられない。覚えても、必要な時に出てこない。 そして相手に覚えてもらうことも少なくなった。目立たないその他大勢の中の一人の派遣さん。それでも仕事では決してミスは許されない。ああ、気が重い。

予報では午後から雨だと言っていた。営業から戻って来た社員が「午後から雨になりそうだ」というので顔を上げた。そこで、バスの中に傘を忘れたことにはっと気が付いた。お気に入りの傘だ。慌ててロッカー室に行って携帯電話からバス会社に電話すると、会社に近いバスの営業所に保管してあるという。会社からバスの営業所まで徒歩で往復30分。昼休みに歩いて移動するにはハードなのでバスに飛び乗った。バス停2つなのに片道220円とは驚いた。雨が降る前に大事な傘を取り戻すことができたのはよかったけれど、往復440円の損失だ。 しかも、「昼休みに外出するときには一言かけてと言ったでしょ」と注意まで受けてしまった。すみません、としょんぼりの私、何とも気が重い。

やっと仕事が終わり、外へ出ると土砂降りだった。運航ダイヤとしては遅れているのに私にはちょうどいいというタイミングのバスに乗り家路についた。自宅近くの停留所でバスから降りるのは私ひとりだけ。スマートフォンでタッチ決済をして傘をさして片足おろして驚いた。薄暗くなっていたので気が付かなかったけれど、バス停周辺が泥水で水浸し。バス停付近の土地が低くなっているのだ。足が濡れた感覚に驚いて私は「えっ」と声を上げた、水位はくるぶしをはるかに超えて、ひざ下はずぶぬれ。そんな私の後ろで容赦なくバスは水しぶきを上げて次の停留所へと向かっていった。すぐ後ろから来た次のバスは、少し先に停まって乗客を降ろしたので、その人たちは水たまりに嵌らずにすたすたと歩いて行った。 私だけが運悪く水たまりに降ろされたというわけだ。その姿を眺めながら、私はとぼとぼと歩いた。ずぶぬれになった靴が歩くたびに気持ち悪い。ああ、なんて気が重い月曜日。

マンションの部屋に帰りつき、洋服を着替えて一息ついて、さあ、ご飯を食べようと思って炊飯器を見ると何かがおかしい。そうだ、炊きあがりのランプがついていないのだ。ふたを開けるとお米が水に浸かってそのままになっていた。天気予報に気を取られて炊飯スイッチを押し忘れ、通販サイトのセール情報に気を取られて傘を忘れた自分が恨めしいやら情けないやら。

ええそうです、すべて私が悪いんです。ちょっとしたアクシデントも笑い飛ばすような心構えなら気が重くなるようなこともないんでしょうけど、私はこんな性格なのですべてがもう、なんだかなあって感じで。月曜日は気が重い、っていうか何でもかんでも気が重い。しかも体重だって毎年重たくなってるし。どうにかならないのかしら。いやいやこればかりはどうにもならないわね、ああ、気が重い。気が重い、気が重いったらありゃしない。


※これはもちろん想像上のお話で私の実体験ではありませんので念のため。
シロクマ文芸部さんの企画に初参加です。初めまして。よろしくお願いします。



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