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小説*紫陽花を継ぐ

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イベントに参加しようとして創作したけど間に合わず。でもせっかく書いたのでアップすることにしました。そしてなんだか続きまで描いてみたくなったので、マガジンにしてみました。
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紫陽花を継ぐ

紫陽花を吊るすと、縁側の向こうの青空がまぶしい。六月の雨が上がった朝、私は祖母の家の縁側にいた。赤い柄の花鋏が手の中で重みを持ち、思い出の断片が心に浮かぶ。六月は私の誕生月だ。 小学校に上がる前、両親はいつも言い争いをしていた。 ある夜、母は生まれたばかりの妹を連れて出ていった。翌朝、ダイニングテーブルに置かれた手紙を読んで驚く父。 その日はちょうど私の誕生日だった。父はボストンバッグに手当たり次第に荷物を詰め込んで、私を連れて新幹線に飛び乗った。 「しばらくおばあちゃん

紫陽花を継ぐ②

紫陽花を吊るすと、縁側の向こうの青空がまぶしい。六月の雨が上がった朝、私は毎年のように紫陽花を摘んで日陰に吊るして乾かす。母から受け継いだ赤い柄の花鋏を握ると、その重みが安心感をもたらす。私はこの花鋏と共に七十年、この風習を受け継いできた。 息子の子育てに満足している母親は多くないだろう。私も子育てには心残りが多い。 小さな孫娘が我が家に来たのは、私の五十六歳の誕生日のことだった。息子夫婦がうまくいっていないことは知っていた。理由が息子の浮気であることも承知していた。嫁が